2人合わせて「ワールドカップ25大会」を取材した、ベテランジャーナリストの大住良之と後藤健生。2022年カタール大会でも現地取材を敢行している。古きを温め新しきを知る「サッカー賢者」の2人がカタール・ワールドカップをあらゆる角度から語る!

■楽しいスタジアム巡り

 きのうからグループステージも最終の「第3ラウンド」が始まり、ノックアウトステージの組み合わせも決まり始めている。しかし「第2ラウンド」終了時でノックアウトステージへの進出を決めたチームは、D組のフランス、G組のブラジル、H組のポルトガルの3チームのみ。他はこの「第3ラウンド」に命運がかけられている。

 さて、開幕からきのうまでに私は13試合を見たが、試合会場もほぼ巡り、アルトゥママ・スタジアム以外はすべて行った。このアルトゥママも、いちばん南にあるアルジャヌーブ・スタジアムに向かう途中のメディアバスから遠望することができた。他会場と同様、美しい外見をもったスタジアムだった。

 2010年の招致計画では、12のスタジアムが用意されることになっていた。カタール最北部のアルルワイスも会場になる予定だったが、後に大会計画が縮小されたときに削られた。というわけで、厳密に言うと「ドーハ市内」ではないが、「ドーハ首都圏」と言ってよい地域に7スタジアム、そして北に約40キロ離れたアルホール市の南にアルバイト・スタジアム、計8スタジアムが今大会の会場になっている。

■カタール独特の設備

 どこも最新の設備と個性にあふれた外観をもち、サッカー専用で試合も非常に見やすい。日本のドイツ戦とスペイン戦の会場であるハリーファ国際スタジアムだけは「元陸上競技場」で、ピッチの周囲が広いが、観客席が急傾斜になっているのでスタンドに座るとそう違和感はない。当然、屋根の観客席カバー率は100%。アルジャヌーブ・スタジアムには、開口部を覆う日よけのためのテントが引き出せる装備が施されていた。

 世界のどの国にもないのが「スタジアム冷房」だ。近くの施設の熱循環システムで冷水をつくり、それをスタジアムに送り込んで冷やした空気をピッチや観客席に供給しているのだ。それによってピッチ上の気温は18~20度。観客席も24~26度程度に保たれている。11月の日中はまだ30度を優に超すドーハだが、スタジアム内は非常に快適。ときに寒く感じることさえある。

 こうした共通要素はあっても、やはりスタジアムには優劣がある。私はスタジアムを評価するときには、「試合の見やすさ」「屋根の有無」「快適さ」「アクセス」「デザイン」などの要素を考えるが、大会運営の努力でアクセスがどこも悪くないなか、多くのポイントでは優劣がつけがたく、決め手になるのは見た目、「デザイン」ということになる。

■大会史上初のワンタイム・スタジアム

 その視点で今大会圧倒的な存在感を誇るのが、「スタジアム974」というドーハ市内につくられた新スタジアムだ。収容は4万4089人。デザインは「スタジアム・コンセプト」の表れと言うことができるが、このスタジアムはそのコンセプトが大胆であり、しかも斬新なのだ。

 「ワンタイム・スタジアム」である。

 完成は昨年11月。このワールドカップではラウンド16までの7試合に使われ、大会が終わると完全に取り壊されて更地になることになる。まさに「砂上の楼閣」である。解体された後、鉄骨など建設資材はアフリカなどに寄付されて、そこで新しいスタジアムに生まれ変わるとされているのだ。

 これまでのワールドカップでも、「仮設スタンド」はいくらでもあった。ワールドカップ基準に合わせるため、収容数を一時的に増やすためだ。最近では、2018年ワールドカップ・ロシア大会で日本がセネガルと対戦したエカテリンブルクのスタジアムが、巨大な仮設スタンドをもっていた。

 ワールドカップ後の「ダウンサイジング」は他でも行われ、今回も決勝戦の行われるルサイル・スタジアム(収容8万8966人)も4万人規模に縮小されるという。

 だが、「ワンタイム」と割り切ったワールドカップ・スタジアムは史上初ではないか。そのコンセプトがまずすごい。この考えは大会招致の段階からあった。「ドーハ・ポート・スタジアム」という仮称で、大会後には完全解体して「座席は開発途上国に移す」としていたのだ。だが当時はこれほどまでに徹底した計画ではなかったようだ。

■外観も個性的

 さらに、建設資材をできるだけ減らすため、貨物輸送用のコンテナを使うという秀逸なアイデアを採用した。そうあの鋼鉄製の大きな箱である。スタジアムが立地するのはドーハの港湾部の近く。港湾といえばコンテナである。それを974個集め、トイレ、売店などの諸室からエレベータに至るまで、さまざまな形で使われている。「974」はカタールの「国際電話認識番号(日本でいえば81)」でもある。それをスタジアム名にしたのは、なかなかしゃれている。

 スタンドにはいると他のスタジアムと見分けがつかないほど普通だが、外観には、赤、黄色、黒などに塗り分けられたコンテナがスタジアムから突き出すように高い階まで使われ、芸術性も非常に高い。諸室にはスタジアムにありがちな斜めの天井もないため、「居住性」はとても良くなっている。

 ついでに言えば、メトロ駅から徒歩10~15分で、アクセスも悪くない。

 というわけで、私は今回のスタジアム中ナンバーワンに、他を圧して「スタジアム974」を推すのである。

 「スタジアム博士」でもある後藤さんは、連日2試合、きのうまでに19試合も見て、今回のスタジアムにどんな感想をもっているだろうか。