120分間戦って1-1の結果は妥当

 夢への扉は確実に開いていた。そこに広がる“新しい景色”が少し見えていただけに、くぐれなかったことが悔しい。それがサッカーファンの総意だろう。カタールで行われているワールドカップ(W杯)の決勝トーナメント1回戦が日本時間12月5日の深夜に行われ、日本代表は前回ファイナリストのクロアチア代表に敗れた。前半終了間際に前田大然がゴールを決め、先制したにもかかわらず、後半立ち上がりに追い付かれると、1-1のまま延長戦での決着がつかず。日本はPK戦の末に、またしてもベスト16で涙を呑んだ。かつて自身も同じ悔しさを味わったことがある元日本代表GKの楢﨑正剛氏が大会を総括した。(取材・文=藤井雅彦)

   ◇   ◇   ◇   

 勝てる可能性があれば、負ける可能性もある試合でした。

 名前だけを見ると多くの人がドイツ代表やスペイン代表よりも力が劣るのではないかと想像していたクロアチアですが、試合後の感想としてはやはりタフで嫌らしさや組みづらさを強く感じるチームでした。上手さ、速さ、強さに加えて、グループ戦術もしっかりしている。前回大会準優勝の実績は伊達ではなかった。

 それと強豪国から連続して大金星を挙げて勝ち上がってきた日本は警戒すべき対象だったのでしょう。クロアチアは自分たちのサッカーを貫くだけでなく、相手の良さを消すことにもしっかりと注力していました。

 顕著な例が、キーマンになっていた三笘薫選手への対応です。日本はなるべく早く三笘選手にボールを預けて打開を図りたかったのですが、クロアチアはその預けるボールに巧みに制限をかけてきました。ボールが入ってからも縦だけでなく横のコースを消し、囲ってくるような配置を敷く。さすがの対応力でした。プレスをかいくぐる、多少アバウトな長いボールを使っていたこともそうでした。

 失点場面を振り返ると、日本に大きなエラーがあったわけではありません。改善点としてはクロッサーに対してもう少しプレッシャーをかけられたのではないか、あるいはシュートを放った選手にボールを触らせない対応ができたのでは、ということは言えるでしょう。ですが、ヘディングした地点からゴールまでの距離を考えると、いずれもそこまで致命傷になるような対応ではなかったと思います。

 それよりもシュートの質がとても高かった。叩きつけるようなヘディングでワンバウンドさせ、スピードを加速させるようなシュートでした。ゴールまであれだけの距離があっても強さとコースを意識して打てるのはヘディング技術の高さがあるからこそ。一見ピンチでもなさそうな状況からでも一気に決め切る選手のレベルの高さを感じました。

 素晴らしい得点だったのは日本も同じで、グループリーグではあまり活用しなかった変化をつけたセットプレーからゴールネットを揺らしました。先制してからの戦い方や追加点を奪えなかったという課題は残ったとはいえ、延長戦までの120分間を戦って1-1というスコアは悲観すべきではなく、妥当なものでした。

運の要素があるものの、GKの視点で振り返るPKは「タイミングが取りやすかった」

 勝敗を決したPK戦について、サッカーファンのみならず多くの議論が巻き起こるのは仕方ありません。これもサッカーの一部で、勝ち上がりを決めるためのルールです。

 元選手の立場で唯一言えるとすれば、PK戦はくじ引きではありません。運の要素が切り離せないとしても、技術面の練習ができますし、精神面の鍛練を積むこともできます。やれることを最大限やらなければいけないのは、通常のプレーと同じなのです。

 ペナルティーマークからゴールまでの距離は約11m、ゴールマウスの大きさは幅7m32cm、高さが2m44cm。キッカーがパーフェクトなシュートを打てばGKが反応して止めることは難しいでしょう。

 基本的に反応して動きたいですが、ボールを蹴ったあとに飛んでいては間に合わないのでGKは予測します。助走や視線、身体の向きや角度、それから軸足。得られる情報すべてを根拠にしてセービングの方向を決める。あてずっぽうで飛んで止められるケースもありますが、少しでも確率を上げるためにやり続けないといけません。

 それらを踏まえてキックの質を振り返ると、日本のキックは総じて駆け引きがあまりなくGKにとってタイミングが取りやすかった。強いシュートでしっかりとコースを突いていれば決まるのですが、いずれも甘かった感は否めません。想像以上の責任と重圧がかかるシチュエーションなのは百も承知です。ただ、そのプレッシャーや責任感からか、イメージしていたキックではなかったと感じます。PK戦への準備という部分でもう少しやれることが個人でもチームでもあったかもしれないと感じてしまいますが、これも結果論かもしれません。

 クロアチアのキッカーは自信満々に見えましたし、先行の日本が1本目と2本目を連続で外したことも大きかった。外した側としてはだんだんとプレッシャーが重くのしかかってきますし、リードしている側は気持ちがラクになっていく。特にストップしたGKは気持ちがノッてきます。ヒーローに近づいていることを体感できる特別な時間でもあります。

「次のチャンスは4年後」 足りない部分の差を埋めていくきっかけに

 残酷な結末ですが、これがサッカーです。選手としては、同じことが起きないようにしながら先へ進んでいきますし、それは代表チームでも所属クラブでも同じ。ただ、舞台がW杯で、次のチャンスは4年後になってしまう。それがW杯の重みであり、価値でもあります。

 タフな戦いを続けてきた日本チームに気安い言葉はかけられません。自分たち自身で勝つチャンスを増やしていったことは事実です。そしてそのチャンスを掴みかけていただけに悔しさだけでなくモヤモヤも強く残っているはずですし、目標に掲げていた“新しい景色”を見ることができなくて落胆するのも当然です。

 でも、ベスト8進出以上の手応えを得た部分もあるはず。ドイツやスペインに勝利した事実は日本サッカーの財産になります。乗り越えられなかった壁の高さを改めて計れたでしょうし、今一度足りない部分の差を埋めていくきっかけにしなければいけません。

 突き詰めると、個の力をもっと上げる必要があります。1人で相手に脅威を与え続けることができていた三笘選手のようなプレーヤーを各ポジションで増やさないといけない。さらにそのような選手を相手が警戒し対応された状況でも、それを打破するためのアクションができるようになっていかなければいけません。

 出場した選手だけでなく、ピッチの外から見ていた側もそれぞれの立場で感じることが大切です。サッカーを志す全員の小さな積み重ねが、4年後に日本代表の姿形となって結果に表れるのだから。(藤井雅彦 / Masahiko Fujii)