一般的にサッカーのワールドカップ(W杯)といえば、現在注目されているFIFA(国際サッカー連盟)が開催している大会のことを指す。世界中から多くの国々が参加し、プレミアリーグやブンデスリーガなどの大リーグで活躍している選手が母国の代表選手としてプレーをする。非常に華やかであり、周囲を取り囲むスポンサーも相当な数だ。

もう1つのW杯、ホームレス・ワールドカップ(HWC)という存在も忘れてはならない。


「ホームレスW杯」から読み解くサッカーの偉大なる可能性
2009ホームレスW杯 日本代表対フィリピン代表 写真:Getty Images

71か国が加盟するHWCとは

ホームレス・ワールドカップ(HWC)は、イギリスのスコットランドにあるHWC財団が2003年に立ち上げたサッカーの世界大会で、毎年各国で開催されている(2020〜22年はコロナウイルス感染拡大の影響で中止)。財団の目的は、サッカーを通じてホームレスの人々の人生に変化を与え、将来的にホームレスのない世界にすることだ。

現在(2022年12月時点)HWCに加盟している国は、世界196カ国の内71カ国。具体的には、アフリカ14カ国、アジア・オセアニアは日本を含めて13カ国、ヨーロッパ31カ国、北米・中米・カリブ海6カ国、南アメリカ7カ国となる。これらの加盟国のさまざまな草の根ボランティア団体が、HWC財団と共に協力しながら大会開催を成功させている。

日本で公式パートナーとして登録されているのは、特定非営利活動(NPO)法人ダイバーシティサッカー協会だ。同協会はHWCに参加する日本代表チーム「野武士(のぶし)ジャパン」の選手選考や派遣などを行なっていて、過去には2004年のスウェーデン大会、2009年ミラノ大会、2011年パリ大会に出場した実績がある。

これまでHWCは、2003年の第1回オーストリア・グラーツ大会から、2019年の第17回ウェールズ・カーディフ大会まで毎年行われてきた。そして2020年からの3年間はコロナウイルスの為に中止を余儀なくされ、来年2023年は再開予定としている。来年は第1回大会の開幕から20周年となり、選手にとっても財団としても特別なW杯となりそうだ。


「ホームレスW杯」から読み解くサッカーの偉大なる可能性
チェルシー FWラヒーム・スターリング 写真:Getty Images

サッカーで人生を変えた選手たち

HWCに代表選手として参加している選手たちは、非常に困難な状況を経験していることがほとんどだ。HWCハンガリー代表選手の1人、ジェームス・ヌワンコの例を紹介しよう。

ナイジェリア出身のヌワンコは、ウクライナの都市部にある大学に入学し学業に励んでいた。その最中にロシアとの戦争が勃発し、決死の想いで一時的にポーランドの国境へ逃亡、ハンガリーへと入国する。予期せぬ状況で現実を受け止めることも難しい中、生活のために仕事を探すのだが、「難民」という立場がハンガリーでは大きな壁となってしまう。

結果的に、路上での生活を余儀なくされたヌワンコ。現地のHWC公式パートナー財団によって、ハンガリー代表チームメンバーの1人として活躍をしている。この状況にもかかわらず「夢は家族のサッカー選手になること」と語るヌワンコの前向きな思考は、サッカーをプレーすることにより生きる糧が構築されているからと考える。

また、イングランド代表でもあり、プレミアリーグのチェルシーで活躍中のFWラヒーム・スターリングも、かつて出身国ジャマイカから現在のイングランドへと引っ越した後に周囲の環境に馴染めず、苦難を強いられていた時期があった。しかし、ストリートサッカーの存在がスターリングの精神面での強い支えとなり、サッカーさえあれば毎日を楽しく過ごす事ができたと語っている。

「ホームレスW杯」から読み解くサッカーの偉大なる可能性
元イングランド代表 MFファラ・ウィリアムズ 写真:Getty Images

ホームレスの事実を明かせる世の中に?

2021年4月に引退宣言をした元イングランド女子代表(2001-2019)MFファラ・ウィリアムズは、アーセナル・ウィメン(2016-2017)や、FA女子スーパーリーグのレディングFCウィメン(2017-2021)など、数々の名クラブで活躍してきた選手だ。

このウィリアムズもまた、プロサッカー選手としてのキャリア開始から6年間辛いホームレス生活を経験している。ピッチでプレーをしながらも帰宅する先は仮住まいのホテルなどだったが、当時の状況を周囲のチームメイトに話すことはできなかったと、現地メディアに語っている。

人間は誰がホームレスであるべきかそうでないかの判断を下している生き物であり、もしホームレスのことを周囲に打ち明けたとしたら、人々はおそらくウィリアムズに対し否定的な判断を下すだろうと感じたためそうだ。普段は普通の生活を送っているかのように振る舞っていたという。ホームレスの存在は、我々が認識しているよりも実際ずっと多いのではないか。

路上で生活をしている人の姿を見かけると、通常と異なると感じ、とっさに恐怖心を抱いてしまうのが一般的だ。だが、互いに同じ人間同士であり、恐怖を感じているのは同じである、とウィリアムズは語っている。そんな実際の経験を経て、2022年現在ウィリアムズはホームレスの子供達に対する自立指導活動を行なっている。

HWCの創設者メル・ヤング氏が掲げる指針の1つには、ホームレスの人々に対する否定的な固定概念を壊し、人間として尊重するという強い想いがある。その想いは徐々に世界中に浸透し始めていると感じる。ウィリアムズのように実際の経験者が現在の当事者たちを支援している状態は、その好例だ。貧困問題など様々な理由が背景にあったとしても、我々は同じ人間同士であり、サッカーをきっかけにしたHWCを始めとする存在によって、凝り固まった難解な問題が融解され始めている。