カタール・ワールドカップ(W杯)の最終予選で大きな節目となった昨年10月のオーストラリア戦(2-1)。この試合で4-3-3の3ボランチの一角を担い、主力の1人に位置づけられてきた田中碧(デュッセルドルフ)。
しかし、9月のアメリカ、エクアドルの2連戦で森保一監督がシステムを4-2-3-1に戻したことで、アメリカとの初戦で田中は出番なしに終わった。エクアドルとの2戦目はダブルボランチの一角でフル出場したが、柴崎岳(レガネス)と不慣れなコンビを組むことになり、連係面でかなり苦戦を強いられた。
「僕のポジションで言えば『AとB』という形でしょうし、それはしょうがない。ワールドカップのメンバーに入って、試合に出られないで終わるとしても、それでいい。僕もそれなりの覚悟はできてるんで。ただ、あとは見とけよと。それしかないです」と、本人は野心をメラメラと燃やしている様子だ。
序列を覆すためにも、所属するデュッセルドルフで目に見える結果を残すしかない。代表活動明けすぐの10月1日のビーレフェルト戦は、大きな意味を持つ一戦だった。
27日に強度の高いエクアドル戦を消化した田中は、28日は別メニュー調整だったため、ベンチスタートの可能性もあると見られた。が、ダニエル・ティウーン監督はタフな彼を信頼してスタメンで起用。田中はオランダ人MFヘンドリクスとボランチを組み、その前にアペルカンプ真大が入る形の4-2-3-1で試合はスタートした。
奥川雅也を左MFに配置するビーレフェルトは、試合前の段階で14位。同6位のデュッセルドルフより苦しいスタートを強いられている。しかもアウェーという環境にナーバスになっていたのか、この日は守勢に回り続ける。
そんな相手をデュッセルドルフは押し込み、21分には左クロスに反応したアペルカンプが右足アウトの芸術的な先制点をゲット。一歩リードする。だが、前半はPKで1点を返され、1-1でハーフタイムに突入。後半勝負という構図となった。
そこで田中が魅せる。開始時からアペルカンプとポジションを入れ替え、前がかりになっていた好機を逃さず、47分にアペルカンプの右クロスに反応。ゴール前に飛び出して右足ボレーをお見舞いしたのだ。喉から手が出るほど欲しかった今季初ゴールを挙げ、彼は満面の笑みを浮かべていた。
この2点目がチームの起爆剤になり、アペルカンプが技ありのループシュートで3点目をゲット。さらにCKから1点を追加し、デュッセルドルフが4-1で快勝。暫定順位を4位に引き上げることに成功した。
「いやあ、やっとです」と試合後の取材ゾーンで田中碧は弾けんばかりの笑顔を見せた。
「今年、結構外してたんで、やっと入った。何気ないゴールですけど、ホッとしているし、気持ちが落ち着いたのかなと思います。点が入ると個人としても大きな自信になる。これからどんどん取れるんじゃないかという気がします」と、代表にいた5日前とは全く別人のように明るい表情を見せていた。
ドイツ2年目の今季は、1部昇格がノルマだと彼は考えている。そのためには自身の活躍が必要不可欠。とはいえ、ドイツ2部は室屋成(ハノーファー)も話していたように、タフで激しいリーグ。足もとの技術やパスワークよりも、個々のバトルやボールの奪い合い、競り合いが中心だ。
今回のデュッセルドルフもまさにそう。創造性あるプレーを見せるのは田中とアペルカンプくらいで、あとは愚直に闘争心を押し出す選手が中心。ある意味、田中は川崎時代と対極の世界で生きているのだ。
「いる環境によってやることも変わるんで、今の自分は『落ちてるな』って思うところもあるし、『逆に伸びてるな』って思うところもある。今はここでどう生き残るかを考えてます。
『すごく楽しいか』って言われたら、本来の楽しさではないかもしれないけど、違う意味で苦労してる楽しさはすごくある。成長しているのかは分からないけど、できることは増えているのかなと思います」と、複雑な感情を抱きつつも、プレーの幅を増している実感を覚えているという。
そういった模索を続ける自分を肯定してくれたのが、代表合宿に電撃合流したレジェンドの長谷部誠(フランクフルト)だ。2008年からドイツ1部で15年間プレーし、代表でも3度のW杯に出場した偉大なボランチの言葉を耳にして、田中はしみじみと考えさせられたと話す。
「『長くやることが価値じゃない。いろんなポジションがあるし、一瞬活躍することも価値があるだろうし、自分なりの価値あるサッカー選手になってほしい』と長谷部さんが言った時には驚きましたし、そういう価値観があるのかとも思いましたね。
僕もトップ選手として長くやりたいって気持ちもあるけど、人間なので必ずしもそうはいかない。短期間かもしれないけど、1回のワールドカップで化け物みたいな活躍をすれば、多くの人の記憶に残るだろうし、そういう価値もある。本当に新たな発見でしたね」と、田中は神妙な面持ちで語っていた。
24歳でW杯に初参戦した本田圭佑らが3大会連続で活躍したのだから、現在24歳の田中にも、もちろんチャンスはある。それだけ息の長いトップ選手になりたいという思いも本人の中では強い。
ただ、選手は山あり谷ありで、必ずしもトップの状態を維持できるとは限らない。それを分かったうえで、一瞬の輝きを追い求めて彼らは努力する。そういったプロセスも十分な価値だし、それが結果につながれば理想的。田中はそんな考えに至ったのかもしれない。
確かに現代表での序列はやや厳しいかもしれないが、今回のゴールを皮切りに次々と結果を残し、昇格請負人になれれば、全てが変わる。そういった意識の高さと飽くなき向上心が本人から見て取れたのは朗報だ。
ドイツ2部という環境で得られるものを全て吸収して、ステップアップを果たすこと。そんな輝ける未来を信じて、田中碧は前進を続けていくつもりだ。
取材・文●元川悦子(フリーライター)
【動画】デュッセルドルフ田中碧が今季初ゴール!アペルカンプの右クロスに、ゴール前に飛び出して右足ボレー!