いよいよ開幕まで1か月に迫ったカタール・ワールドカップ。私の母国であるオーストラリアと、第2の祖国である日本は共に厳しいグループに入った。前者がD組でフランス、デンマーク、チュニジアと対戦し、後者はドイツ、スペイン、コスタリカと雌雄を決する。
正直に言って、予選の戦いぶりからしても、今回のサッカルーズ(オーストラリア代表の愛称)にはあまり期待していなかった。今年3月にはホームで森保ジャパンを相手に、0-2というスコア以上の内容で完敗。あの頃は本大会行きさえ危ないと見ていた。
ところが、UAE、ペルーと戦ったプレーオフの死闘を経て、チームには修羅場をくぐり抜けた逞しさが備わったように感じる。もちろんポジティブな要素ばかりではないが、完全にアウトサイダーと目されているなかで、チームは虎視眈々と上位進出を窺っている。
まずなによりも強調したいのが、予選プレーオフでも奮起したゴールキーパー陣の充実ぶりだ。現在のオーストラリア代表が一番自信を持つポジションである。
マシュー・ライアン(コペンハーゲン/デンマーク)は74キャップを刻む経験豊富な守護神だ。今シーズンのチャンピオンズ・リーグ予選でハイパフォーマンスを披露し、チームを本戦に導く立役者となった。ペルーとのプレーオフで、運命のPK戦を任されたのがバックアッパーのアンドリュー・レッドメイン(シドニーFC)。ゴールライン上でキッカーの気を散らすように踊り、鮮やかなセーブでオーストラリアに本大会行き切符をもたらした。一躍ヒーローとなったスーパーPKストッパーは、オーストラリアがノックアウトラウンドに進出すれば、再びPK戦でその出番が巡ってくるだろう。
そして大注目なのがもうひとり、Jリーガーのミチェル・ランゲラック(名古屋グランパス)である。私のお気に入りであり、名古屋での継続的で安定感のあるパフォーマンスは、広く日本のファンが知るところだ。昨年5月に一度は代表引退を表明したが、今年9月の国際Aマッチウイークで待望の復帰を果たした。
ニュージーランドとの2連戦(どちらもオーストラリアが勝利)で出場機会は訪れなかったものの、ライアンがコペンハーゲンで第2GKに収まっている現状を考えれば、ランゲラックがワールドカップ本番で1番手に躍り出てもおかしくはない。グラハム・アーノルド監督もその経験とコンディションの良さに期待を寄せているはずだ。
いずれにせよ、ゴールキーパーは3人の誰が先発してもクオリティーは高い。ワールドカップでは間違いなくオーストラリアの強みとなる。
代表チームでもっとも創造性に溢れる攻撃的MFアイディン・フルスティッチ(ヴェローナ/イタリア)が怪我のため、ワールドカップを欠場する公算が高くなった。
かなりの緊急事態ながら、慌てるほどではないだろう。その穴をしっかり埋めてくれそうなのが、スコットランド生まれのFWマーティン・ボイル(ハイバーニアン=スコットランド)。速さと強さを兼ね備え、巧みなポストワークで相手DFを引き寄せて、積極的にゴールチャンスに絡む。
心配の種は、ボイルと同様に攻撃の軸を担うMFトム・ロギッチの状態である。昨シーズンいっぱいでセルティック(スコットランド)との契約が満了となり、なかなか新天地が見つからなかった。ようやく9月12日になってイングランド2部のWBAと契約を交わすも、トップフォームには程遠いレベルだ。彼が復調すればかなり面白くなってくるが、どうやら希望的観測となりそうである。
当てにならないロギッチよりも、むしろ可能性を感じさせるのが18歳の新鋭アタッカー、ガラン・クオル(セントラル・コースト・マリナーズ/オーストラリア)だ。9月のニュージーランド戦でA代表デビューを飾り、その圧倒的なスピードと創造性、そして大胆さで衝撃を与えた。
今年5月にAリーグ・オールスターズとバルセロナ(スペイン)の親善試合が行なわれたが、その試合で出色のパフォーマンスでファンを魅了したのがクオルだった。来年1月にニューカッスル・ユナイテッド(イングランド)に入団する若者は、最終登録26名に食い込んでシンデレラボーイとなるか。実現しても、なんら不思議ではない。彼は魔法を生み出せる、サッカルーズの切り札だ。
一方で懸念されるのが、いわゆる「国内組」のフィットネスである。オーストラリアのAリーグは10月6日に開幕したばかりで、まだ代表選手たちの試合勘やコンディションはまちまちだ。
そこで大きな役割を果たしそうなのが「国外組」、とりわけ「Jリーグ組」。フルシーズンを戦い終えてワールドカップに臨める、アダム・タガート(セレッソ大阪)、ミチェル・デューク(ファジアーノ岡山)、トーマス・デン(アルビレックス新潟)、ランゲラックといった候補選手たちだ。ただでさえ、昔に比べてフィジカル面の低下が叫ばれているサッカルーズ。アーノルド監督はフットネスに長けた選手を重用するはずだ。
前回大会のロシア・ワールドカップの期間、私は日本で暮らしていて、ラウンド・オブ16にまで進んだ日本代表の快進撃に感動した。惜しくもベルギーに敗れたが、堂々たる内容だったし、日本のファンがサムライブルーを心の底から誇っていたのが印象的だった。
2006年のドイツ大会以来、オーストラリア代表は決勝トーナメントに進出できていない。カタールでは日本とオーストラリアが揃ってミッションを果たすことを願ってやまない。
オーストラリア代表のアーノルド監督は次のように話している。
「人びとは我々のグループを“死の組”だと言うが、“夢の組”という見方もできると思うんだ。選手たちにとっては、自分たちにどれほどの価値があるのかを存分に試す、最高の機会になる。そして注目を集める列強との対戦を通して、広く世界に国家への誇りを示すことができるんだ」
これはきっと、厳しいグループリーグに挑む日本代表にも当てはまるだろう。
最後にひとつ。オーストラリア代表は新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、ワールドカップ予選におけるホームゲームの大半を中立地カタールで戦った。もはや“準ホーム”と言ってもいいほど環境に馴染んでおり、すっかり勝手知ったる土地だ。この点も、サッカルーズには小さくないアドバンテージになるだろう。
文●スティーブン・トムソン
[著者プロフィール]
1993年生まれ、オーストラリア・アデレード出身。アデレード大学を卒業後に来日し、上智大学で日本語を学ぶ。日本のスポーツと文化に精通し、今春からサッカーダイジェスト海外編集部員に。好きなサッカークラブはアデレード・ユナイテッド、リバプール、そしてガンバ大阪。
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