ワールドカップ開幕まで秒読み段階に入ってきた。大会でプレーする選手たちも決まり始めてきているが、ここにきてW杯出場が危ぶまれるチームが出てきた。それも1つではなく、2つもだ。
1か国目はイラン。その理由は人権問題だ。イランでは女性の自由が極度に制限されているが、それはサッカーの世界でも変わらない。イランの女子選手はヒジャブ(ベール)で頭を隠し、膝下まであるような長いゲームパンツをはかなくてはいけない。
女性の試合観戦は2019年より認められるようになったが多くの規制がある。中に入れるのは毎試合50人くらい、割り振られる席はスタジアムの隅のピッチも見えにくいような場所だ。また実際は入場さえも認められない場合もあり、チケットを持っていても門前払いされるケースも少なくないときく。
FIFAはこうした差別を改善するよう何年も前からイランに注意してきたが、一向に改善される様子は見られない。
そして今年の9月、ヒジャブの被り方が悪かったと言うだけで22歳の女性が警察に暴行され死亡した。イラン国内ではそれに対する抗議デモでもが行われたが、そこでも多くの人が殺された。これをうけ、イランの様々なスポーツの現役もしくは元有名選手たちが声を上げた。
約200人からなるグループの中にはイラン代表のレジェンドであるアリ・ダエイなどもいる。彼らはFIFAに書簡を送り、イランのW杯出場を撤回するよう要求した。自国政府の差別や暴力を止めるにはこの方法しかないと彼らは主張する。
「世界で人気の高いサッカーは、我々の声を伝える最高の方法だ」
2004年に拷問を受け、その後ドイツに亡命した元空手チャンピオン、ジャファルグリザーデは言う。
「FIFAがワールドカップからイラン代表を追放すれば、世界中の誰もが『イランに何が起こったのか』と問うようになるだろう」
彼らはイランが真の民主的な国になるまで、大会参加を禁止すべきだと主張している。この件に関し、FIFAはしばらくはノーコメントのままだった。
しかし、別なところから、彼らを強力に援護する声が上がった。ウクライナサッカー協会だ。イランはロシアに武器を提供し、ウクライナ侵攻を援助していると見られている。そんな国家にサッカーの祭典でプレー資格はないと彼らは主張し、出場権のはく奪を求める書簡を正式にFIFAに送った。ロシアには制裁を下したのに、それに加担するイランの参加を認めるのは片手落ちというのである。
書簡を出したイランの選手たちは、これによってFIFAがこの問題に真剣に向き合ってくれることを期待している。
2か国目はイランとは全く状況が違う。今度はFIFA自身が出場を禁止すると勧告をしている。その相手はチュニジアだ。「若者とスポーツ省」の大臣を務めるデギーシュ氏はこれまでも同国のサッカー協会の決定に何度も介入している。今回は10人以上の協会役員を勝手に解任させた。また彼の言うことを聞かなければサッカー協会を解散させると脅かしたとも言われている。
FIFAは各国政府がサッカー協会に干渉することをひどく嫌う。今回も激怒し、5日以内に介入問題を解決しなければ、協会の業務停止とチュニジアの代表とクラブの国際大会の出場を禁止することを正式に書簡で告げた。
この文章を送ったFIFAのセクレタリー、ケニー・ジャン・マリはかなりの強硬派で、有言実行なところがある。すでにケニアやジンバブエに同じような処分を下している。彼らは2023年のアフリカ・カップには出場できない。
これに嘆くのは、目前でW杯出場の夢を奪われるのかもしれない代表選手だ。
「すべての苦労が水の泡だ。ワールドカップに出られなかったら、チュニジアには血の雨が降る」
期限の5日は過ぎたがチュニジア側はまだFIFAに返事はしていない。返答までの猶予を求めているだけだ。
ところで気になるのが、もしこの2か国が出場できなかったならどこが代わりに出場するかだ。イランの代わりはUAEもしくはペルーだろう。UAEはアジアで最後までプレーオフに残った国であり、ペルーはアジア南米の大陸間プレーオフに最後まで残っていたからだ。
一方、チュニジアの代わりは、なぜかイタリアと言われている。その根拠はイタリアは出場できない国のうちで、一番FIFAランキングが高いから。FIFAがひそかにイタリアに準備を打診したという噂もまことしやかに流れてくる。しかしアフリカのチュニジアの代わりにヨーロッパのイタリアが入るのはおかしい。アフリカの非出場国で一番FIFAランキングの高いナイジェリアか、アフリカ3次予選で直接チュニジアと戦ったマリが妥当なところだろう。
それにしてもチュニジアもイランもアラブの国だ。初のアラブ開催のW杯でケチが付くのは何とも皮肉な話だ。
文●リカルド・セティオン
翻訳●利根川晶子
【著者プロフィール】
リカルド・セティオン(Ricardo SETYON)/ブラジル・サンパウロ出身のフリージャーナリスト。8か国語を操り、世界のサッカーの生の現場を取材して回る。FIFAの役員も長らく勤め、ジーコ、ドゥンガ、カフーなど元選手の知己も多い。現在はスポーツ運営学、心理学の教授としても大学で教鞭をとる。