「フランス人民は要求が高く、偉大で、政治的な人々だ。君も、常に批判と隣り合わせだ」
笑ってこう演説したのは、ジャン・カステックス前首相です。2022年5月、エリザベット・ボルヌ現首相にその座を禅譲した際の、彼女への"贈る言葉"でした。
フランス革命を成し遂げて王ではなく市民たち自身のための国家を創り、ナチスドイツに占領されても市民のレジスタンスで勝利したこの国には、自由・平等・博愛の価値観と猛烈な批判精神、「国民こそ主人公」という主権意識が脈打っています。
だから、どんなにリッチで高い地位を得た成功者でも、貧しき庶民のために働かざる者はこき下ろされ、国民的スターにはなれません。33年前から続く「フランス人が好きな有名人」という人気ランキングにも、この精神は顕著に表われています。
毎年12月末に発表されるこの人気番付で、過去16回も1位に輝いているのが、対独レジスタンスを闘い、その後はホームレス救済に人生を捧げたアベ・ピエール(ピエール神父)です。1位11回と続いて国民に支持されてきたのが、シンガーソングライターのジャン=ジャック・ゴールドマンです。父親がレジスタンスの闘士だった彼もまた、生活に苦しむ人たちに無償で食事を振る舞う「ハートのレストラン」運動に身を捧げています。コロナ禍では、歌の動画で国民を勇気づけました。
21年のランキング(19年から男女別に)は、ゴールドマンが1位、宇宙飛行士のトマ・ペスケが2位で、俳優のオマール・シーが3位ですが、スポーツ選手では柔道家のテディ・リネールが国民的な人気者です。世界選手権10連覇の金字塔を打ち立て、トップ3に入ってもおかしくない人物です。
フットボーラーはどうでしょう。17位にランクインしたジネディーヌ・ジダンが最上位で、続いてキリアン・エムバペが19位、アントワーヌ・グリーズマンが25位に入っています。過去6度1位に輝いているジダンはいまでも不動の人気を誇ります。
もっとも、この番付におけるフットボーラーの人気はいわば水物で、ワールドカップやEUROの結果によって大きく左右されるのです。21年はEUROがまさかの早期敗退に終わったので支持を得られませんでした。
現代表の人気トップ5は、この5人でしょう。1位がエムバペ、2位はカリム・ベンゼマ、3位はグリーズマン、4位はエヌゴロ・カンテ、5位はポール・ポグバ。奇しくも全員が移民の子で、逆境を乗り越えてフットボーラーとして身を立て、フランスを背負う存在にまでのし上がったというバックグラウンドが共通しています。
エキセントリックな跳ねっ返りでも、現代表では世代間を繋ぐリーダーとしてなくてはならないポグバに、ピッチの外では誰にも気づかれないほど寡黙で控えめなのに、ピッチでは圧倒的な存在感を発揮してチームに貢献し、国民から歌まで贈られたカンテ。グリーズマンは、エムバペの登場でやや霞んでしまったとはいえ、それでも人気は根強く、大好きな競馬のCMにもずっと出ています。
そのグリーズマンを凌いだと言えるのが、ベンゼマです。迂闊なセックステープ事件でミソをつけましたが、代表復帰後は破竹の勢い。
ただ、圧倒的人気をさらっているのは、"怪童"から"怪物"へと変貌を遂げたエムバペです。時速36キロの電撃的な突破から生み出すゴールはもとより、ジャーナリストも舌を巻く知性と完璧な話術で、フットボールファンだけでなく知識人まで唸らせるほど。生来の明るさで子どもたちに慕われ、エマニュエル・マクロン大統領から直接電話が掛かってくるほどです。
代表戦のボーナスは一切受け取らず、自身が社会的・教育的に重要だと考える市民団体を支援し、病気の子どもたちを勇気づける活動に尽力するエムバペは、フットボールを知らない老若男女にも敬愛されています。
理不尽なことには黙っていられない性格で、それが態度に出て批判を招くこともありますが、それをも受け入れて改善してしまうという恐るべき能力まで持っているエムバペに、結局は誰もが脱帽してしまうのです。
ミシェル・プラティニやジダンを超える存在になるのか――。23歳のエムバペは、歴史に名を刻む偉大な先達だけがもはや比較対象です。
取材・文●結城麻里
text by Marie YUUKI
※『ワールドサッカーダイジェスト』2022年10月6日号より転載