「ポジティブなスタートを切ったことが重要だ。勝利こそが自信につながる。イラン戦は全ての選手が自分の役割を果たした。ゴールを奪うたびに、チームとして怖さが増した。本当に、本当に素晴らしいパフォーマンスだった」
笑顔を見せながらそう語ったのは、元イングランド代表FWのアラン・シアラー氏である。カタール・ワールドカップのグループステージ(B組)初戦、イングランド代表はイラン代表に6-2で大勝。白星で発進した。英BBC放送で解説を務めたシアラー氏は自国代表を称賛し、次のように言葉をつないだ。
「ガレス・サウスゲイト監督の采配も良かった。4-2-3-1を選んだフォーメーションも正解で、チームが上手く機能した。選手交代もプラスに働いた。途中交代で出場したマーカス・ラッシュフォード、ジャック・グリーリッシュ、カラム・ウィルソンはいずれもゴールに絡んだ。前向きに評価できる内容だ」
イングランドは、35分にMFジュード・ベリンガムのヘディングシュートで先制。それまでイランの分厚い守備ブロックに苦しみ、なかなか決定機を作れずにいたが、先制ゴールが転機となった。さらに2点を加点した前半終了の時点で、勝負はほぼ決着。後半に入っても手を緩めず、寄せの甘くなったイランを圧倒した。ブカヨ・サカ、ラッシュフォード、グリーリッシュがゴールを重ね、6-2で圧勝した。
中継番組で、特に絶賛されていたのが、19歳の若さで先発フル出場したベリンガムである。4-2-3-1の「2」の位置で先発したセントラルMFは、ゴール前のスペースに滑り込み、難しい体勢からヘディングシュートを叩き込んだ。その他でも、中盤後方から攻撃を作ったり、バイタルエリアで危険な動きをしたりと、大車輪の活躍を見せた。
そんなベリンガムについて、司会のガリー・リネカー氏が「ワールドカップの大舞台で、19歳の選手が先発しました。しかも今年6月に19歳になったばかりです。ただ、所属先のドルトムントではすでに大活躍しています。今シーズンはブンデスリーガ、チャンピオンズリーグ、FFBポカールの3大会で合計9ゴールを挙げています」と切り出すと、以前からベリンガムを高く評価しているリオ・ファーディナンド氏は次のように話した。
「中盤でのコントロールの仕方が非常に優れている。ペナルティエリア周辺にいても、あるいは中盤後方部からゲームを組み立てていても、彼は多種多様なプレーができる。通常、彼ぐらいの年齢なら『これもできるようにならないと、あれもやらなければ』と2~3年は考えてしまうもの。私も23~24歳になって、ようやく自分の得意、不得意が分かるようになった。
でもベリンガムは違う。イラン戦でも様々な役割をこなした。しかも一つひとつの場面を見ても、似たような動きがない。つまり、プレーの幅が広いということだ。彼がどんな選手になっていくか。本当に楽しみだ」
ベリンガムは16歳の時に英2部バーミンガム・シティで1軍デビュー。すぐにレギュラーの座を掴み、ビッグクラブから熱視線が注がれるようになった。なかでも獲得に力を入れていたのがマンチェスター・ユナイテッドである。名将アレックス・ファーガソン同席のもとでカーリントン練習場にベリンガムを招待するなど熱心に勧誘した。
しかし本人は、出場機会を求めてドルトムントへの移籍を決断。マンチェスター・Uよりも常時出場できるチャンスがあるとして、ブンデスリーガのドルトムントに新天地を求めた。
「黄金世代」と謳われた2000年代、イングランド代表の主軸として戦ったファーディナンド氏は、成長著しいベリンガムについて次のように話を続けた。
「ポール・スコールズ、スティーブン・ジェラード、フランク・ランパード。我々の世代には素晴らしいミッドフィルダーがいたが、ベリンガムの年齢で同じことを成し遂げた者はいない。ベリンガムはすでにCLでプレーしているし、ワールドカップでも先発した。他の選手たちよりも優れていると言うつもりはないが、ベリンガムが彼らより前に歩を進めているのは間違いない。しかも、まだまだ成長できるはずだ」
そしてもう1人、イングランド代表で注目を集めたのが21歳MFのサカだ。昨年行なわれた欧州選手権ではイタリアとのファイナルでPKを失敗し、一部の心ないファンから批判を浴びた。しかし右MFとして先発したイラン戦で2ゴールをマーク。元イングランド代表DFマイカ・リチャーズ氏は「逆境を乗り越えた」と褒めた。
「ブカヨは所属先のアーセナルで素晴らしいプレーを見せている。イングランド代表でも、好調を維持しているアーセナルでのプレーと同じ輝きを見せた。欧州選手権では辛い経験をしたが、見事に立ち直ったと思う。イラン戦のパフォーマンスは、ブカヨが強靭なメンタルの持ち主であることを証明した」
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2人の若手が目覚ましいパフォーマンスを見せたが、もちろんイングランドに課題がないわけではない。
ファーディナンド氏が「2つの失点はいずれも杜撰だった」と懸念したように、W杯前から弱点に指摘されている最終ライン中央部のディフェンスは改善が必要だろう。特に、イラン戦を視界不良により途中で退いたCBハリー・マグワイアのパフォーマンスは、上位進出を狙ううえで今後も不安材料となりそうだ。
しかし試合後にサカが「イングランド代表の調子について、あれこれ言われてきた。この試合で代表の力を示すことができた」と語ったように、緊張感漂うW杯初戦を白星でスタートできたことに意義がある。
W杯前のネイションズリーグで6戦未勝利に終わり、56年ぶりの戴冠を目ざすイングランドに不安が漂った。不振の自国代表に懐疑的な眼差しを向けていた英メディアの論調も、初戦の快勝により少しばかり落ち着いた印象だ。メディアが巨大な力を持つイングランドだけに、白星発進で選手たちの重圧が和らいだのはプラスに働くだろう。
イングランドの次戦は25日のアメリカ戦。ここで勝点3を奪い、グループステージ突破を決められるか。
取材・文●田嶋コウスケ
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