●ポジショナルプレーの弊害

FIFAワールドカップカタール2022準々決勝、アルゼンチン代表対オランダ代表が現地時間9日に行われ、2-2の同点で迎えたPK戦を制したアルゼンチン代表が準決勝進出を決めている。敗退となったオランダ代表は試合終盤のパワープレーで何とか追いついたが、両者の間には差があった。(文:西部謙司)
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 この日の準々決勝2試合はどちらもPK戦になったが、試合内容は大きく異なるものだった。白熱したクロアチア代表対ブラジル代表に比べると、オランダ代表対アルゼンチン代表は内容に乏しいというか、現代サッカーの行き詰まりを象徴するようなゲームになっていた。

 前半、ボールを保持しているのはオランダ代表だった。しかし、保持しているだけでほとんどチャンスを作れていない。後半も放り込みはじめた終盤を除くと流れはほぼ同じだった。パスワークは確かにきれいだが、ただそれだけで何も起こせないのは変わらない。

 いわゆるポジショナルプレーである。ポジショナルプレーとは、簡単にいえばカーナビゲーションと似ていて、ポジショニングが自動化されたシステムだ。誰がどこにいるのかは見なくてもほぼわかるので判断の助けになる。道を知らなくても目的地にたどり着ける誘導システムに似ている。ただ、それ以上のものでないことがオランダ代表を見ているとよくわかる。

 自動的、マニュアル的に判断ができるのはメリットであるはずなのだが、そこに安住してしまえば、もともと持っていたはずのスキルと判断が失われていく弊害もみえていた。判断を助けるシステムにどっぷり浸かりすぎてしまうと、考えなくなってしまうのかもしれない。

●オランダ代表が直面した壁

 余談だが、日本代表の次のステップは「ポゼッションサッカー」という話がちらほら出てきている。しかし、保持することを目的にするなら明らかに間違いだ。それはこの日のオランダ代表を見ればよくわかるはずである。保持の先にアイデアと武器がなければ、ただ保持するだけになるのはスペイン代表も同じで、日本代表はそれを間近で見ていたはずだ。

 ポゼッションサッカーの巨頭であったスペイン代表とオランダ代表が、揃って「ポジショナルプレーの壁」に突き当たっているのは意外ではある。

 2008年に始まるスペイン代表とバルセロナの躍進で、いくつかのチームがバルサ化(スペイン化)を試みた。しかし、まもなく軒並みやめてしまった。「ウチにはメッシがいない」というのが主な理由だった。保持した後のアイデアがないままに模倣したので壁に突き当たったわけだ。

 ルイ・ファン・ハール監督の率いるオランダ代表は毎回同じところで立ち止まる。ただし、過去のチームは少なくとも2つの回答を持っていた。サイドからの突破と高速カウンターなのだが、今回はそれすらなく、守備ブロックの外をボールが回るだけで、保持したまま立ち往生していた。

●両者の差は…

 ポジショナルプレーの壁に突き当たったチームがもれなく抱く感想(=メッシがいない)の本人がアルゼンチン代表にはいる。相手にボールを支配され、自分たちが保持したときもさほどスムーズさも威力もなかったが、少なくとも「武器」はあった。

 35分、リオネル・メッシはいつもの右ハーフスペースからのカットインを開始。面前に3人のオランダ人、その向こうにも3人が網を張って待ち構えていた。

 前方にいたのはフリアン・アルバレスとナウエル・モリーナ。いつもどおり、いつパスを出すのかわからない持ち方のままメッシはドリブルを続け、いきなりDF3人の隙間に針の穴を通すようなラストパスをモリーナへ送っている。モリーナが抜け出してゴール。

 おそらくメッシがドリブルしながら見ていたのはフィルジル・ファン・ダイクだろう。リーチできる距離と対人能力が異常なほど強力なCBが動くまで待っていた。ファン・ダイクがアルバレスの方へ一歩移動した瞬間にパスを出している。蹴った瞬間は、アルバレスへ出したように見えた。しかしメッシの狙いはそこではなく、アルバレスの方へ動いたファン・ダイクの背中側だ。右へ動いているファン・ダイクは自分の左を守れない。いかに超人的DFでも、そこはやはり人間なのだ。

 ポゼッションに関してはオランダ代表のほうが上回っていたが、彼らには「メッシ」がおらず、アルゼンチン代表にはメッシがいた。その差がそのまま表れたわけだ。

●オランダ代表らしい合理性とアルゼンチン代表らしい勝ち

 後半からオランダ代表はステフェン・ベルハイスを投入して前線の構成を変えたが、とくに効果はなし。オランダ特有の散開するポジショニング、その間を走る速いパスはビルドアップに安定感はあるものの、ブロック内に侵入していくにはパスの距離が長すぎる。受け手がそこまで上手く収められず、サポートも遅く、アイデアもないので、パスを刺すたびに失ってしまう。

 クロアチア代表とブラジル代表の試合との違いは距離感の作り方だ。ネイマールの先制点が典型だが、ブラジル代表には相手をわざと密集させておいて束にして置き去りにするパスワークの伝統がある。圧縮させて外へ展開し、ウイングの足技とスピードでえぐる形も持っている。クロアチア代表はゴール前ではないが、中盤での近い距離感でリズムを作っていた。

 決まりきった場所に立っていて、足下から足下へ強いパスを回すオランダ代表には、この距離感が作れない。相手を崩すには自分たちが崩れなければならないのだが、それが皆無だった。上手くいってサイドへボールを行き着かせることはできるが、そこで破れるウイングも今回はいない。カオスを作れず、コントロールもできないので、完全に手詰まり。

 ここでオランダ代表らしいのが彼らの合理性だ。普通に攻めてダメならば、それを続ける理由がない。放り込むことに決めた。ルーク・デ・ヨングとボウト・ベグホルストの長身FWを2人並べて徹底的に高いボールを放り込む。行き詰まったときの常套手段だ。トータルフットボールの誉れ高い1974年のチーム、オランダトリオで名高い80~90年代もこの点は全く同じだった。

 あまりやらないが、これをやったときはかなり強力でもある。ベグホルストのヘディングとFKからのトリックでぎりぎり2-2に追いついた。

 延長後半にはラウタロ・マルティネスのミドルがポストを叩くなど、アルゼンチン代表が猛攻を仕掛けたが得点は生まれず。PK戦を制したアルゼンチン代表が辛うじて準決勝へ進んだ。

 途中、パレデスがオランダのベンチにボールを蹴り込んで両軍入り乱れての揉み合いもあり、合わせて17枚のイエローカードと1枚のレッドカードが提示された。乱戦を制したアルゼンチン代表らしい勝ち抜けではあったかもしれない。

(文:西部謙司)

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