ロシア・ワールカップに続いて現地取材しているカタール・ワールドカップで驚かされたことの1つが、キリアン・エムバペの“変化”だ。準決勝を控えた段階で得点ランク1位の5ゴールを挙げているが、個人的には気掛かりな点がある。
守備の局面は、4年前とそれこそ雲泥の差だ。「期待の若手」として右ウイングを担っていたロシアW杯では、自陣まで下がって献身的にディフェンスでも貢献していた。ただ「真のエース」として臨んでいるカタールW杯は、セカンドトップに近い左ウイングを任され、実質的にはディフェンスが免除されている。オリビエ・ジルーやアントワーヌ・グリーズマン、ウシマンヌ・デンベレら他のアタッカー陣がエムバペの分までプレッシングする。
23歳にしてこの特権的な扱いはどうなのかとも思うが、本来CFの主戦だったカリム・ベンゼマが大会直前の怪我で離脱するなどアクシデントに見舞われる中、ディディエ・デシャン監督が導き出したチームのバランスを考えて出した最適解でもあるだろう。理解できなくはない。
しかし、攻撃の局面は無視できない。エムバペの最大の持ち味は、異次元のスピード&アジリティーであり、今大会を見てもボールの有無に関わらずスピードに乗せたら止められるDFはほとんど存在しない。
にもかかわらず、今大会のエムバペは立ち止まってとにかく足下にボールを要求する。そしてゆっくりとルックアップしてボールをこねて、トリッキーかつ難易度の高いパスを狙って失敗。そんなシーンが多く、このシチュエーションで得点に繋がったシーンは今大会で一度もない。ロシアW杯当時は記者席から見ていても状況判断の良さに驚いたが、今大会はむしろ逆だ。準々決勝のイングランド戦もすぐに捌いてオフ・ザ・ボールの動きで抜け出せばいいシーンで無駄にこねて何度もボールロストしていた。
エムバペは4年前から自信と確信が増しているのだろうが、パリSGで同僚のリオネル・メッシとネイマールから悪影響を受けている印象がある。メッシとネイマールは歳を重ねるごとに、オフ・ザ・ボールの動きがどんどん減っていった。それでも彼らは世界最高水準とセンシビリティー(足先の感度)と創造性が備わっているから、足下にボールを入れて止まった状態からでも試合中に何度かは違いを作り出せる。
しかし、エムバぺのセンシビリティーと創造性は、もちろんトップレベルではあるが、メッシやネイマールのような世界最高レベルではない。2人を模倣するかのような古典的な10番ではなく、スピードやアジリティーを活かした彼らしい10番の方がより違いを作り出せるはずだ。
実際、今大会でここまで記録した5つのゴールはすべて動いてボールを引き出してから決めたもので、2つのアシストは1つがスピードに乗ったドリブル突破から、もう1つがダイレクトパスを捌いて記録したものだ。エムバペというプレーヤーが、「静的」ではなく「動的」なシーンほど違いを作り出せる何よりの証拠だろう。
フランス代表のW杯連覇は、守備が免除されているエムバペが攻撃面で違いを作り出すことが絶対条件。モロッコ代表と激突する12月14日の準決勝では、メッシやネイマールの模倣ではなく、スピードやアジリティーを活かした本来のエムバペに期待したい。
取材・文●白鳥大知(サッカーダイジェスト特派)
【W杯PHOTO】現地カタールで日本代表を応援する麗しき「美女サポーター」たちを一挙紹介!