2人合わせて「ワールドカップ25大会」を取材した、ベテランジャーナリストの大住良之と後藤健生。2022年カタール大会でも現地取材を敢行している。古きを温め新しきを知る「サッカー賢者」の2人がカタール・ワールドカップをあらゆる角度から語る!

■試合前のアルゼンチンの変化

 皆さん、アルゼンチン国歌が前と変わったのにお気づきだろうか?

 正確に言えば、「国歌が変わった」のではなく、ワールドカップで演奏される短縮バージョンが変わったのだ。

 アルゼンチン国歌のオリジナル版(1813年制定)は1番から9番までの長い曲で、全曲を演奏すると30分近くかかるものだった。内容はスペインからの独立戦争を描いたもので非常に「反スペイン的」な歌詞だった。そこで、20世紀前半に1番と9番の歌詞をくっつけた短い曲に変更されたのだが、それでも「前奏-歌詞-間奏-コーラス」を通して演奏すると7分以上かかるものだった。

 これでは、試合前に演奏するわけにはいかない(自国開催の試合では有名歌手が“7分バージョン”全曲を独唱することもあった)。そこで、ワールドカップなどでは前奏だけ演奏していたのだ。だが、前奏には歌詞がなかったので選手は何も歌えず、サポーター(インチャ)も「ラ~ラ~ララ~」と声を出すしかなかった。

 それが、今年の大会から「間奏-コーラス」の部分が使われるようになったので、コーラスの最後の「(栄光の冠を頂けなければ)我ら、栄光のうちに死ぬことを誓わん」という、いちばん勇ましいサビの部分を歌うことができるようになったのだ。

■メッシと労働者たち

 そして、(大住さんの言葉を借りれば)「労働者タイプ」の選手たちはリオネル・メッシという栄光の冠のために生命を投げ出すような気持ちで戦っている、というわけである。

 グループリーグ第2戦まではメッシの相棒としてラウタロ・マルティネスが起用されていたが、ポーランド戦からは縦への突進力が特徴のフリアン・アルバレスが起用され、これでツートップの2人の関係が明確化されたようで、準決勝ではアルバレスとメッシの2人だけで3ゴールを決めてしまった。

 右サイドでチャンスメークをしていたアンヘル・ディ・マリアも負傷でベンチを温めるようになり、MFの右サイドには“武闘派”のロドリゴ・デ・パウルが入り、さらに攻撃的なサイドバック、ナウエル・モリーナの攻撃参加もアクセントになっている。

 こうして、“芸術家メッシと10人の労働者”というチームが完成し、メッシもかつてないほど輝くようになった。

 ディエゴ・マラドーナは自ら得点もできるが、同時にチーム全体を動かす指揮官でもあった。しかし、メッシのストロングポイントは得点=フィニッシュの部分にある。

 かつて所属していたFCバルセロナでは、チャビやアンドレス・イニエスタなどが組み立てる精密機械のようなチームの中で、その得点能力を存分に発揮していたが、代表チームに入るとマラドーナの役を担わされてメッシは苦労していた。

 だが、現在のアルゼンチン代表はバルサのような精密機械の再現は諦めて、「労働者タイプ」の選手によって戦闘を行ったうえで、メッシにはフィニッシュの段階に集中させることができている。

 1978年にセザール・ルイス・メノッティ監督の下で初めて優勝した時は、オスワルド・アルディレスやルネ・ホウセマンのようなテクニックやインテリジェンスに優れた選手が作る組織の中でマリオ・ケンペスがフィニッシャーの役を担っていた。

 ケンペスは“マタドール”というニックネームで、日本語では「闘牛士」と訳されていたが、闘牛士には様々な役割に分かれていて、“マタドール”というのは最後に剣の一突きで牛にとどめを刺す役割の主役のことを指す言葉だ。つまり、ケンペスの役割である。

 準決勝の試合中にスタンドで観戦するケンペスが映ったが、真っ黒な長髪をなびかせていた44年前のケンペスとはまったく風貌が変わってしまっているので、ほとんどの人が気付かなかったことだろう。