いったい誰が、こんな結末を予想できただろう――。

 カタールW杯開幕から3日目の11月22日、アルゼンチンが登場した。サウジアラビアとのグループステージ初戦は、彼らにとってアイドリングのようなものだと思われていた。さほど苦労することなく白星発進をするに違いないと、誰もが考えただろう。

 実際に、開始早々に先制した。リオネル・メッシがPKをゆっくりと転がした。その後も追加点のチャンスをつかむものの、オフサイドで取り消されてしまう。それでも、前半を1対0で折り返した時点で、アルゼンチンの勝利は疑いのないものだった。

 ところが、後半開始直後に同点に持ち込まれると、その5分後に逆転弾を叩き込まれた。リオネル・スカローニ監督は交代カードを切り、4バックから3バックに代えて得点を狙いにいったが、1対2のまま押し切られてしまった。アルゼンチンにとっては、歴史的な黒星である。

 メキシコとの第2戦は、後半の2ゴールで勝点3をつかんだ。メッシのひと振りが先制点をもたらし、終盤に追加点をあげた。

 ポーランドとの第3戦では、メッシが前半にPKを止められた。ここで躍動したのが、22歳のフリアン・アルバレスと23歳のアレクシス・マカリステルだ。ふたりのゴールで2対0の勝利を収め、グループ首位でラウンド16へ進出した。

 サウジアラビア戦のまさかの躓きから、連勝で首位通過したのは大きかった。グループ2位でラウンド16に臨むと、いきなり決勝戦と同じカード──フランスが待ち受けていたからだ。

■アルゼンチンにあった20代前半の選手の急成長

 オーストラリアとのラウンド16は、2対1で競り勝った。35分、メッシの技巧的なシュートでリードする。後半に入った57分には、ロドリゴ・デ・パウルのチェイシングからアルバレスが貴重な2点目を流し込んだ。

 そのまま試合を終わらせられれば、内容的にも申し分なかっただろう。しかし、77分に相手のシュートがDFに当たってコースが変わり、1点差に詰め寄られる。アディショナルタイムには至近距離から決定的なシュートを許したが、GKエミリアーノ・マルティネスの左手がチームを救った。

 準々決勝も接戦に持ち込まれた。

 オランダを相手に前半を1対0で折り返し、後半73分にメッシのPKで2点差とする。優勝を目ざすチームなら、このまま試合を終わらせなければならない。ところが、83分と90+11分に失点を重ね、PK戦まで持ち込まれてしまったである。

 試合経過とスコアを辿ると、アルゼンチンの歩みは率直に言って危うかった。もっと早い段階で大会から去っても、おかしくなかっただろう。

 しかし、スリリングな攻防をくぐり抜けていったことで、チームは逞しくなっていた。大会途中からスタメンに定着したアルバレス、マカリステル、21歳のエンソ・フェルナンデスらは、メッシの庇護下から少しずつ抜け出していった。マカリステルとフェルナンデス、それにデ・パウルの中盤のトライアングルは、試合を重ねるごとにメッシにあずける場面が減っていった。

 とにかくメッシを使うのではなく、できる限りいい状態でパスを出すことで、背番号10の負担軽減を実現していった。

 背番号9を着けるアルバレスは、ラウタロ・マルティネスからポジションを奪った。メッシに次ぐ4ゴールを記録し、黒星発進からチームが立ち直る原動力となった。

 最終ラインを形成する右CBのクリスティアン・ロメロ、右SBのナウエル・モリーナは、ともに24歳である。彼らもまた、試合を重ねるごとにプレーが力強くなっていった。自己解決能力を高めていった、という表現も当てはまるだろう。

■世界の頂点にふさわしいタフネス

 果たして、準決勝ではクロアチアを3対0で退けた。ようやくつかんだ盤石の勝利だったが、決勝戦を前にした評価は厳しいものがあった。フランス優位の声は大きかった。

 前半を2対0で終えた時点で、アルゼンチンは90分以内で決着を着けたかっただろう。着けるべきだった。しかし、キリアン・エムバペにスーパーな一撃を見舞われ、今大会2度目の延長戦に持ち込まれた。

 ここでメッシがフランスを突き放す。109分、ゴール前のこぼれ球を素早くプッシュした。

 本来なら3対2で終わらせるべき試合である。しかし、この試合2度目のPKを献上し、エムバペにハットトリックを許してしまった。フランスの執念が実ったとも言えるだけに、PK戦突入も受け入れざるを得なかったかもしれない。

 PK戦はロシアンルーレットのようなものだが、W杯の決勝戦である。結果次第で歴史は変わる。そして、アルゼンチンは36年ぶりの優勝を手にした。1986年のメキシコでディエゴ・マラドーナが掲げたW杯を、メッシが母国にもたらしたのだ。アルゼンチンにとっては、忘れられない一日となっただろう。

 それにしても、である。サウジアラビアに負けたアルゼンチンと、フランスをPKで下したアルゼンチンは、まったく別のチームとなっている。20代前半の選手たちが、この一か月弱で急成長を遂げた。

 さらに言えば、29日間で7試合を戦い抜いたアルゼンチンは、世界の頂点にふさわしいタフネスさを備えていた。中3日や中4日で連戦を消化し、それでもパフォーマンスを落とさない。それこそが、世界のトップ・オブ・トップでしのぎを削る必要条件だということを、アルゼンチンの戦いが教えてくれている。