1月4日に行なわれた全国高校サッカー選手権大会の準々決勝で、2年連続のベスト4進出を決めた大津高校。悲願の初優勝を狙うチームのキャプテンを務めるFW小林俊瑛は年代別日本代表に選出された逸材でもあるが、実は公立中学校のサッカー部出身だ。その中学の名は、神奈川県藤沢市の鵠沼(くげぬま)中。小林と大津の活躍のたびに話題にあがる謎の強豪公立中学、鵠沼中ってなんだ?(出典:サッカークリニック2021年4月号)

取材・構成◎川端暁彦

上写真=公立の鵠沼中出身の大津高FW小林俊瑛(9)。大津は2大会連続で4強入りを果たした(写真◎福地和男)

指導体制の整備と選手への接し方

 県内に6つのJクラブがある神奈川には、強豪のタウンクラブがひしめき、桐蔭学園中学校のような実績のある私立中学校も多い。その中で近年コンスタントに好成績を残している公立中学校がある。藤沢市立鵠沼中学校だ。

 2016年度の冬の神奈川県大会で優勝したのを皮切りに、17年度も夏冬の県大会を制覇。同年の関東中学校サッカー大会(全国中学校サッカー大会予選を兼ねる)で準優勝を飾り、全中では16強へ進出した(※22年大会でもベスト16進出)。それだけであれば、たまたま良い選手が集まった代があっただけとなるところだが、翌18年度も夏の県大会準優勝から関東大会出場。さらに19年度は、再び全国大会の土を踏んでいる(20年度はコロナ禍により、全国大会は行なわれず)。

 単に勝っているというだけではない。OBが高校サッカー強豪校のスタメンの座をつかんだほか、熊本県立大津高校へと進学したFW小林俊瑛がU-16日本代表候補(21年当時)へ招集されるなど、クラブチーム優勢の神奈川にあって、異質な存在感を見せるようになっている。

 生徒数は多めではあるものの、「普通の中学校」だったサッカー部の何が変わって、現在の状況になっているのだろうか。

「秘密なんて何もないですよ。『選手を集めているに違いない』みたいに言われることもありますけど、近隣の2つの小学校から来る選手ばかりで、もう一つの小学校からたまに来るかなというくらいですから。実際、うちの中学校に在籍しているけれど、サッカー部には入らずにJの下部組織に通っているというような選手も毎学年いますからね」

 そう言って笑うのは、12年度に赴任してきた中村京平監督だ。ただ、「県大会に出るのがやっとだった」というチームが変わったことに理由がないはずはない。中村監督自身は、「昔も同じくらいのレベルの子は来てくれていました。自分たちの指導体制が整っていないことで伸ばしてあげられなかっただけだと思っています」と語る。

 グラウンドに着いてまず目についたのはコーチングスタッフの多さだ。指導環境を整備するところから始め、全員が毎日いるわけではないが、現在は地域のボランティアコーチやOBも含めて総勢8人の指導者がいて、役割分担しながら指導にあたっている。そのため、女子選手を含めた部員数は赴任当初に比べて約2倍にあたる90人まで増えたが、週末は3つのチームに分かれて練習試合をこなすことができていると言う。

画像: 小林俊瑛を生んだ鵠沼中の2021年春の練習風景(写真◎川端暁彦)

小林俊瑛を生んだ鵠沼中の2021年春の練習風景(写真◎川端暁彦)

 また、特に優れた選手ばかりが集まっているわけではないというのは、トレーニングを見ればすぐに理解できた。中学校から本格的に始めたという初心者も少なくない様子だったからだ。ただ、そうした選手たちに対してもしっかりコーチがついて、サッカーの基礎的な要素から教えているのは印象的だった。

「うちは公立の中学校ですから、クラブチームに比べて入ってくる子のレベル差は確かに大きいと思います。ただ、『だから下のチームの選手は適当にやっていてくれればいいよ』なんてことは言いませんし、しっかり練習してもらいます。礼儀や生活の部分を含めて、選手のレベルに応じて求めるモノを変えたりすることもありません」

 そんな中村監督が「本当に彼が来てくれたのが大きかったんです」と語るのが、木村安秀コーチだ。

 木村コーチは現役時代、横浜F・マリノスや川崎フロンターレのユースチームでプレーし、川崎Fのスクールなどで指導していた経験を持つ。技術的な部分を指導することに長けた木村コーチの加入が大きな転機だったと中村監督は強調するが、木村コーチの考えは少し違う。

「正直言って、鵠沼中へ赴任してきてビックリしたんです。サッカーというのは、うまくなって、活躍して、勝つのがすべてだと自然に思っていました。うまいことが大事だと考えていましたが、私が監督だったら絶対に使わないような技術的に低い、でもサッカーに対する気持ちだけはあるというような選手を期待をかけて使っていたんです。すると、本当にその子が伸びて、結果も出すのです。最初はビックリしましたし、価値観を否定されました。

 私は自然とオール4みたいな選手を好んでいたのですが、中村監督は5を大事にします。U-16日本代表候補になった小林はまさにそういう選手でした。体は大きいけれど、スピードは遅く、それほどうまくもありません。でも運動量は豊富ですし、サッカーに対する気持ちがあります。そういう子に期待をかけて、育てていく楽しさを教わりました。期待されることで課題を克服しようと取り組みますし、変わっていきます。それを目の当たりにして、指導者としての考えが変わりました」

「縦突破」「抜き切る」以外のアプローチも

 OBたちの活躍を見ても、個人の技術面や戦術面を伸ばすことを疎かにしていないのは明らかだろう。今号(※サッカークリニック2021年4月号)のテーマである「ドリブルと個人戦術」については、どう捉えているのだろうか。

 自主練習や初心者の練習を除けば、「ドリブルに特化した練習というのはまずやっていません」と中村監督は強調する。

「ただ、ドリブルの個人戦術という意味では、例えば右サイドでボールを持った選手が右足で持つのか、左足で持つのかという部分にはこだわりを促します。何も言わないと右サイドの右利きの選手は右足でボールを持ちたがりますが、それが本当に有効かどうかです。例えば、遠藤渓太選手(ウニオン・ベルリン)は右利きで、右サイドでプレーしますが、結構左足でボールを持ちます。だからその映像も見せながら、仕掛けるタイミングや角度を大事にさせています」(中村監督)

 木村コーチの考え方はこうだ。

「ドリブルと言うと、子供たちは1対1で『抜く』イメージを持ちますよね。でも、抜くことは目的ではないんです。運ぶだけでいいときもありますし、シュートコースを少しつくるだけのドリブルでいいときもあります。ほとんど止まっていても、時間をつくれればそれでいいこともあります。子供たちには『そこはちょっと動かすだけで打てたんじゃないか?』という話をよくします。

 あと、うちは前から厳しくボールを奪いに行く戦術を採用しているので、高い位置でボールを奪える状況がよく起こります。でも、そこで奪ったボールを持って縦に突破することしか考えられなくなってしまう子が多いんです。そのため、『横に持ち出してもいいんじゃない?』といった働きかけもするようにしています」

 縦に仕掛けて抜くという選択肢については自然と身についている選手が多いので、そこに別の引き出しを増やしてあげるイメージで指導すると中村監督は言う。

「サイドバックの選手だったら、『(ボールを)隠す』ドリブルが大事なときも多いので、そこは丁寧に教えます。ただ、子供たちは練習になると『抜き切りたい』と思うんですよね。きれいに抜くことをどうしても目的にしてしまうのですが、半歩分だけ横にずれることができればシュートを打てるケースがよくあります。ですから、それも一つの個人戦術かなと思って指導しています」(中村監督)

画像: 江ノ島で有名な藤沢市は鵠沼中学校(撮影は2021年の春)。正月のいまは、江ノ島詣でで近隣が賑わっている頃か(写真◎川端暁彦)

江ノ島で有名な藤沢市は鵠沼中学校(撮影は2021年の春)。正月のいまは、江ノ島詣でで近隣が賑わっている頃か(写真◎川端暁彦)

 ただし、ドリブルの技術、戦術に特化するのではなく、「組み合わせが大事」という考え方もある。木村コーチは「ボールを受ける動きについては、かなり口を酸っぱくして言っています」と話したあと、こうつけ加えた。「サッカーはタイミングのスポーツだと思っています。自分がどのスペースを使いたいのか、どこに動いたら、相手はどう動くのかを考えなければいけません。ただ、動き出しを強調し過ぎると無駄に動こうとしてしまうので、よく言うのは『逆』の意識。止まっているほうがいいときもあるんです。私がJクラブのジュニアユースにいたときにまったく走れないおじさんのコーチと試合をしましたが、勝てませんでした。『動くべきとき』と『止まるとき』を知っているかどうかの差があったからだと思います。その点については、3年間の積み上げでかなり変えられるという実感を得ています」

 少子化のこの時代にあって、地域の人口が減っていない中学校という意味で考えると、鵠沼中は恵まれた環境にある。しかし、当初から持っていたアドバンテージはそのくらい。体制を徐々に整え、情熱を持った指導でチームの空気を変えたことで、成果を挙げている。

「最初に考えていた以上に選手たちが伸びるようになりました。『Jに落ちたら鵠沼中の部活でやろう』と言ってくれる選手も増えたと思います。それに何よりも、OBたちが私たちも驚くほどの活躍を見せてくれるようになりました」(中村監督)

 鵠沼中の奮闘と躍進は、部活受難の時代と言われる中で、少なくないヒントを与えてくれている。

【プロフィール】

画像: 小林俊瑛を育てた中村京平監督(写真◎川端暁彦)

小林俊瑛を育てた中村京平監督(写真◎川端暁彦)

中村京平(藤沢市立鵠沼中学校監督)

1981年7月9日生まれ、神奈川県出身。国際武道大学を卒業後、中学校教員に。2012年に藤沢市立鵠沼中学校に赴任し、サッカー部の監督を務める。17年、19年、22年の全国中学校サッカー大会に出場し、17年と22年大会ではベスト16に進出

画像: 近年の好成績に大きく貢献している木村コーチ(写真◎川端暁彦)

近年の好成績に大きく貢献している木村コーチ(写真◎川端暁彦)

木村安秀(藤沢市立鵠沼中学校コーチ)

1984年5月16日生まれ、神奈川県出身。横浜F・マリノスと川崎フロンターレの下部組織でプレーした。川崎Fのスクールで指導開始。2つの中学校で指導したあと、2015年に藤沢市立鵠沼中学校に赴任し、コーチを務める

[ アルバム : 鵠沼中出身の大津高校・小林俊瑛の2回戦と3回戦のショット(写真◎福利和男) はこちら ]