三笘の株価が急上昇している。これは比喩ではない。実際三笘はプレミアリーグの試合に出場し、自身のプレーを表現するたびに、おそらく自分の評価(移籍金)の額を上げている。試合後その上昇幅はいつもストップ高だ。

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プレスやプレミアリーグの目の肥えたサポーターが絶賛する評価を見聞きするたびに我々は驚きを隠せない。なぜなら三笘はまだプロ入り3年目の選手、つまり4年前は日本の大学サッカー選手だったのだから。

川崎フロンターレというプロクラブに入ることも可能だった高校生の三笘が筑波大学への進学を選んだのは今や有名な話だ。そして三笘がMITOMAとして輝いている理由がこの大学生活にある。三笘がなぜここまで輝いているのか?

・客観視

筑波大学のサッカー部・小井土監督は、入部した三笘の目標を聞いたときの印象が忘れられないと言う。目標を聞かれた三笘は「日本代表の主力になること」「海外でプレーすること」と即答した。「大学サッカーの目標は皆無」だったのがいかにも三笘らしい。

大学進学を選んだ理由を三笘はこう語っている。

「その時の自分がプロに入って中途半端に試合に出るよりは、人間としての成長や、体育学の知識や、4年間という時間の中で出来ることを考えると、大学進学の方が正しい選択になる。4年後には必ず逆転できると思っていた」

そのために必要なこと、何が自分に足りなくて、何をしなければならないのか?を明確に自分で定めていたという。自分を客観視できる能力が大学1年生で既に備わっていたのだ。

それは年齢を重ねても失われず、W杯出場を決めたオーストラリア戦のゴールを奪った直後の三苫はこうも言っている。

「人生で一番大事な試合だと思った。交代で入って与えられた時間は少なかったけれど、ここで結果を出せば自分の人生は変わる」と。あの試合のピッチに入る瞬間に、これほど冷静に客観視していたとは。まさに「本領発揮」といったところだ。

・再現性

三笘が大学生活でもっとも思い出に残っているのが、当時のチームメイト山川哲史(現ヴィッセル神戸DF)との1対1の練習だと言う。

「1対1はコンディションを上げるためにも、瞬発力を身につけるためにも、持久力を上げるためにも有効でした。それに何より1対1が好きだったし」

小井土監督も「本当に毎日毎日この2人は1対1の練習を最後までやっていた。明日の私の練習プランなんかおかまいなしにね」と証言する。

その練習の繰り返しの中で、三笘の中でドリブルのパターンやロジックが完成されていったのだろう。こうなればこうなる。こうすればこうなるという、パターン認識による再現性。そしてそれをどの場面でどう使えばどういう結果になるか、再現できるか、の確らしさ。それらを担保するための繰り返し練習する再現性。

「結果を再現するために、繰り返し再現パターンを練習で身につける」

この三笘のスタイルが、プレミアリーグでも出色のドリブルやボールタッチ、トラップやターンを生んでいる。決して勢いや調子の良さだけで三笘のプレーが生まれているわけではないのだ。

・違いを生む違い

三笘は大学で「サッカーの1対1における攻撃側の情報処理に関する研究」という卒業論文を書いている。いわゆる「ドリブル卒論」だ。

ドリブルを卒論で書いているプロサッカー選手は稀だろう。大学サッカー部員を研究材料に使い、ドリブルする選手の頭に小型カメラを搭載。上手く抜けるドリブルと、上手く抜けないドリブルとの動作の違いを研究した。違いを生む違いを見つけようとしたのだ。

彼のこの視点は、自身にも向けられている。

「自分と他人とは何が違うのか?今の自分と理想の自分と比べて何が違うのか?何が足りないのか?自分に足りないところだけを見て生活している。そこを伸ばすことだけしか考えていない」と。そこを見つめているのだ。

三苫は、自身が違う存在になるために、自身を客観視し、再現性を求めて継続することを止めない。おそらく今日も「自分がやるべきことをやっている」はずだ。

W杯で我々は三笘から感動を貰った。今も三笘の活躍に一喜一憂している。でも我々が本当に三笘から貰ったものは、感動でも喜びでもなく、勇気や希望かもしれない。

三笘のように自分を成長させる姿勢を続けていれば、プレミアリーグで三笘がMITOMAになれたように、仕事の中で、生活の中で、自分が生きる世界の中で、皆んなが「自分のMITOMAになれる」と知ったのだから。

(ABEMA/プレミアリーグ)