4年に一度の祭典、ワールドカップ。この大舞台に立つことを約束された者などいない。メンバー入りを巡る熾烈な争いで、本大会が近づくにつれて序列を覆したケースもある。日本が参戦した過去6大会で、W杯を手繰り寄せた男たちの知られざるストーリー。今回は、12年前の2012年南アフリカ・ワールドカップ(W杯)で際立つ活躍を見せた松井大輔(YS横浜)をクローズアップする。
――◆――◆――
7月19日に開幕するE-1選手権に向け、日本代表の新戦力になりえる面々に注目が集まっている。森保一監督も今季J1で実績を残している町野修斗(湘南)、満田誠(広島)、西村拓真(横浜)の3人の名前を挙げ、期待を寄せた。
現実的に見れば、E-1から4か月後のカタールW杯への“滑り込み”はかなりハードルが高いかもしれない。が、チームは生き物。最後までどうなるか分からない。E-1組から急浮上してくる人間がいないとも限らないし、既存戦力の中でもごぼう抜きでレギュラーを勝ち取る選手が出ることも大いに考えられるのだ。
現に、2012年の南アフリカ大会でも予期せぬ事態が起きている。当時の岡田武史監督が直前に戦い方をガラッと変えたことで、本田圭佑(無所属)、川島永嗣(ストラスブール)らが一気に序列を上げ、日本の二度目のベスト16入りの原動力となったのだ。
松井もキーマンの1人だった。カメルーンとのグループステージ初戦で本田の決勝点をアシストするという大仕事はどのようにして生まれたのか。
ジーコジャパン時代の03年に日本代表入りした松井だが、06年ドイツW杯は落選の憂き目に遭い、続くオシムジャパン時代も発足当初は呼ばれなかった。07年9月のオーストリア遠征でようやく代表復帰が叶ったと思いきや、指揮官が病に倒れてしまう。
08年1月からスタートした第2次岡田体制でも出たり出なかったりが続き、日本が岡崎慎司(カルタヘナ)のゴールで南アへの切符を勝ち取った09年6月のウズベキスタン戦ではベンチ外の屈辱も味わった。
それでも、松井は長年の悲願であるW杯出場を諦めなかった。09年夏にフランスの名門サンテティエンヌからグルノーブルへ移籍したのも出番を求めてのこと。ガムシャラにアピールを続けた結果、4年前に果たせなかった23人入りを手にしたのである。
しかしながら、5月末からスタートした直前合宿は怪我からのスタートを強いられた。日本が韓国に0-2で完敗した埼玉スタジアムでの壮行試合には不出場。事前キャンプ地ザースフェーで全体練習に合流したものの、最後のテストマッチとなるコートジボワール戦も控え組中心の3本目でプレーする羽目になった。「W杯本番でも松井の出番は多くないかもしれない」とネガティブな見方をされることも多かった。
けれども、本人は「大事なのは、初戦カメルーン戦で自分自身の状態を100%に持っていくこと」と割り切り、フィジカルを上げることに集中した。それが奏功。高地トレーニングによって心肺機能や走力が劇的に向上し、カメルーン戦1週間前のジンバブエとの練習試合で主力組の右FWに滑り込んだ。そこから南アでの大ブレイクにつなげたのだから、いかに松井が「本番に強い男」かよく分かるだろう。
「本番で活躍するためには、W杯前の勝っている親善試合に出て、監督に好印象を与えるのが1つのポイント。加えて言うと、初戦の1か月前くらいにピークに近い状態まで引き上げることが肝心です。僕の場合は少し調整が遅れましたけど、約10日前には仕上がっていた。監督が最終判断するタイミングで絶好調のパフォーマンスを見せていたら、W杯に出られる確率がかなり上がると思いますね」と松井は自身の経験を踏まえながら語る。
11月23日のドイツ戦でカタールW杯の初陣を迎える森保ジャパンの場合を考えてみると、まず9月のアメリカ戦ともう1試合のテストマッチで勝利し、そこで良い活躍をしていることが、カタールの主力に近づく一歩となる。そして、10月頃には所属先でトップに近いところまでコンディションを高めることが肝要だ。
欧州組であれば、新シーズンが7~8月に開幕し、9~10月には絶対的主力の地位を築いておかなければいけない。今夏の移籍組はやや難しい環境を強いられるかもしれない。
「この夏は南野(拓実/モナコ)や守田英正(スポルティング)を筆頭に移籍を選んだ欧州組が多いですけど、新天地へ赴けば試合に出られなくなるリスクがどうしても上がる。僕が今、欧州にいて、クラブでコンスタントに出ている選手なら、このタイミングでの移籍はできるだけ回避する方向で考えると思います。
それだけワールドカップというのは夢の大舞台。キャリアの全てを賭けると言っても過言ではないくらいの気持ちで僕は挑んでいました。『ビッグクラブにステップアップしたい』『チャンピオンズ・リーグに出たい』など、クラブレベルの夢を最優先に考える選手も少なくないでしょうけど、ワールドカップは人生を賭けても惜しくない場所なんです。4年に一度しかない、世界中に注目される大舞台ですからね。僕は南アの前のシーズンをグルノーブルで過ごして正解だったと思っています」
松井がこういった発言をするのも、「コンディションが全てを左右する」という厳然たる事実をよく理解しているから。6月の日本代表4連戦に参戦した吉田麻也(シャルケ)、長友佑都(FC東京)らもコンディションの重要性を口にしており、日本代表全体の意識が上がっているのは朗報と言っていい。
ただ、10月時点で彼らがどのような状況にあるのかは今のところ未知数だ。怪我もあるかもしれないし、予期せぬアクシデントに見舞われる可能性もある。今から細心の注意を払いながら、日々を過ごしていくこと。それが先々の成功につながるはずだ。
「もう1つ、言いたいのは、直前のテストマッチとワールドカップ本番は完全なる別物ということ。カメルーン戦がそうだったように、1試合で流れがガラリと変わるんです。最終予選の実績など過去のことは何の意味もない。本番で何ができるかが全て。だからこそ、初戦のドイツ戦に全てを注ぎ込まないといけない。大舞台で結果を残せるのは、それができた選手だけ。今の選手たちには、しっかりと国を背負って、ベスト8を目ざしてほしいと思います」
最終予選や直前テストマッチの結果や序列に囚われることなく、カメルーン戦だけを見据えて突き進み、快進撃の原動力となった松井の言葉は重い。ドイツ戦のピッチに立とうという野心を燃やす人間は、偉大な先人の話に今一度、耳を傾けるべきである。
取材・文●元川悦子(フリーライター)
【PHOTO】敵も味方も関係なし…ワールドカップの美しき光景