――富樫選手は小学1年生の頃にバスケットを始めたそうですが、サッカーの経験は?
富樫 両親がバスケットをプレーしていて、お父さんはいまだにコーチなので、僕にはバスケ以外の選択肢がなかったんです(笑)。むしろ僕は、「サッカーをやりたい」と言っていたそうです。だから小学生の頃は、授業の合間の休み時間も、昼休みも、雨さえ降っていなければ、いつも友達とサッカーをやっていました。
――YouTubeの企画で、槙野智章選手(ヴィッセル神戸)とPKで対決していましたが、サッカーもかなり上手でした。
富樫 いやいや、もうかなりブランクがありましたからね。子供の頃は、サッカーを習っていないわりには、上手な方だったかもしれません。僕は右利きで、バスケは右手でボールを扱うんですが、なぜかサッカーは左利き。リフティングも左足だけでやります。右はポンコツです(笑)。
――遊びでサッカーをやることで、バスケットに生きた部分はありますか?
富樫 味方が走るスピードに合わせて、スペースにパスを出す感覚は、バスケとサッカーで似ているかもしれません。「ドリブル」も共通するプレーですけど、僕には難しかった。サッカーの場合は、ファウルの基準がバスケよりも緩い。守備者が体をぶつけたり、手を使って守ることもあります。だから、相手の重心を見ながら抜くというレベルまではいかなかったですね。
身長167cmの可能性
――もし幼い頃からバスケットではなくサッカーに専念していたら、現在はどうなっていたと思いますか?
富樫 きっとヨーロッパでプレーして、今よりもたくさんお金を稼いでいると思います。これは間違いない!(笑) というのもサッカーならば、僕の身長(167cm)でもより勝負できるからです。現在のNBAの平均身長は、およそ200cm。170cm台の選手すら、ほとんどいません。リングが高い位置にある競技だから、背の高い選手が有利なのは当然のこと。動けることが前提ですけど、身長が高いことも才能の1つだと思うんです。それを受け入れながら、自分には何ができるのかを考えながらプレーし続けてきました。
一方のサッカー界では、170cm前後の身長でも世界のトップレベルで活躍している選手がたくさんいます。久保建英選手(173cm)や堂安律選手(172cm)がそうですし、特にリオネル・メッシ選手(169cm)は大好きです。あの身長で、あれだけ観客を魅了できる。僕はバスケット雑誌のインタビューでも「好きな選手はメッシです!」と答えたくらいですからね。今回のカタール・ワールドカップでも、メッシ選手のプレーを楽しみにしています。
――サッカーの試合をご覧になることも多いですか?
富樫 日本代表、特にワールドカップでの試合はほとんど見ていますね。6月の日本対ブラジル戦も、国立競技場へ見に行きました。長友佑都選手の専属シェフを務める加藤超也さんに誘っていただいて、競泳の池江璃花子選手、卓球の平野美宇選手、田渡凌選手(熊本ヴォルターズ)と一緒に。もう完全にファン目線で、ずっと「ネイマール!」って叫んでました(笑)。
――印象に残っている過去のワールドカップは?
富樫 印象深いのは2002年の日韓大会。小学3年生の頃で、学校が終わってから学童クラブでみんなで見ていたことを覚えています。デビッド・ベッカムやロナウドの髪型が、子供ながらに衝撃的で。香川真司選手や本田圭佑選手、内田篤人選手らがいたザックジャパンの頃も良かったですよね。特に本田選手。普通、「リトルホンダ」なんてフレーズは思い浮かばないですよ。あえて大きな発言をして自分を奮い立たせる姿勢だったり、ビジネスへのチャレンジ精神だったり、アスリートとしても、1人の人間としても、すごいなって感じます。
ファン目線で見る日本代表戦
――日本代表戦が海外で行われる場合は、生中継で見ていますか?
富樫 もちろん。深夜2時キックオフくらいまでなら、眠らずにオンタイムで見ます。基本的には仲間で集まって、みんなで見るのが好きなんです。4年前のロシア・ワールドカップ、決勝トーナメント1回戦のベルギー戦も知り合いのお店を貸し切りにしてもらって、10人くらいで見ていました。2点をリードしたときには、「勝った!」って思っていたんですけどね。最後の最後に逆転されたときは、「え?」って、みんなで固まって。でも、そうやって熱くなって、一喜一憂できるのもワールドカップの楽しさですよね。
今回のカタール大会は、ABEMAさんが全試合生中継して、スマホで外出先でも見られるのはありがたい。Bリーグの場合、僕ら千葉ジェッツのゲームは15時から始まることが多くて、試合後に食事をしながら19時から始まる他会場の試合をスマホで見たりしています。便利ですよね。今回のカタール大会は、初戦のドイツ戦が22時、2戦目のコスタリカ戦は19時キックオフなので、見やすい。3戦目のスペイン戦は深夜4時……んー、頑張ります(笑)。
――サッカーを観戦する際は、プレーや戦術面をバスケットに置き換えて見ることもありますか?
富樫 いやいや、基本的にはファン目線ですよ。特にワールドカップともなれば、どんな内容であっても勝つか・負けるかがすべてです。ただ、コーナーキックやフリーキックのときだけは、バスケのことを考えるかもしれないですね。
――たしかに前回のロシア・ワールドカップでは、イングランド代表がバスケットの戦術を取り入れてセットプレーでゴールを量産し、ベスト4に進みました。
富樫 そうらしいですね。詳しい守り方はわからないのですが、昔からサッカーを見ていて、セットプレーの場面ではバスケのようにマッチアップがあるんだろうなって想像していました。だから、攻撃側の選手がクロスしてゴール前に走り込んだり、スクリーン(1人の選手が相手の壁となり、味方のマークを外すプレー)を活用すれば、もっとチャンスが広がるんじゃないかって。サッカーの場合、たとえフリーになったとしても、そこにピンポイントでパスを届けるのは、バスケの100倍くらい難しいとは思うんですが、世界のトップレベルの国は、他競技にまで目を向けて進化しているんでしょうね。
日本代表の心理とは?
――11月1日の日本代表ワールドカップメンバー発表まで、およそ1カ月です(インタビュー時)。バスケット選手の場合は、オリンピックやワールドカップの1カ月前、どんな心理状態なのでしょうか。
富樫 バスケの場合も、サッカー日本代表のみなさんも、大半の選手は自分が選ばれるか・選ばれないかはわかっていると思います。4年にわたってチーム作りをしてきているので、監督は自分をどれくらいの戦力として考えているのか、理解しているはず。ただし、残り1、2枠を争う選手たちは、緊張感を持っているでしょうね。ここにベテランを入れるのか、若手に経験を積ませるのかは、監督の考え方次第になりますから。特にサッカーのワールドカップは世界でも最大のスポーツ大会です。ここに出られるかどうかで、人生が大きく変わるだろうから。
メディアではいろいろと報じられますが、僕らバスケ日本代表の場合は、そういう当落線上にいたとしても、浮いた行動やチームの和を乱すような選手はいませんでした。もちろんチーム内の競争は激しいですけど、全員がチームのことを第一に考える。これは当たり前のことで、きっと森保ジャパンの選手たちも同じだと思いますね。
――富樫選手は2019年のバスケットボール・ワールドカップ直前合宿中に右手を骨折し、チームを離脱する経験をしています。当時の心境は?
富樫 いろいろな人から気を使われて、「連絡できなかった」という人もたくさんいました。でも、個人的には絶望感もなかったし、翌日には気持ちを切り替えていました。練習中に全力でプレーした上での結果だから仕方ない。むしろ人生初の手術が怖いな、って(笑)。出場できなかったワールドカップも、「自分がいれば」と考えることもなく、純粋に日本を応援していました。
ただ唯一、怪我をした直後にフリオ・ラマス監督(当時)と話したときだけは、落ち込んだかな。ラマス監督は2017年の就任以来、毎試合、僕をスタメンで使ってくれました。期待も感じていましたし、それに応えたかった。でも、怪我で大事な本大会に出られなくなった。ラマス監督が感情的になっている姿を見て、悔しいというか、申し訳ない気持ちになりましたね。
――ワールドカップはメンタルの強さも問われます。富樫選手は2021年にBリーグを制し、東京五輪にも出場しました。ビッグマッチで結果を出すためには、どんな精神状態で臨むべきでしょうか。
富樫 僕の場合は、試合前に「戦いに行くぞ!」って気合いを入れすぎるよりも、いつもどおり、むしろふわっと入った方が、良い感覚でプレーできるんです。もちろん試合の中で闘争心を出して、相手にガッと向かっていく場面はあります。そういう戦う気持ちは備えた上で、気楽に、フラットに試合に入るのが良いタイプです。
――緊張はしませんか?
富樫 最近では、あまりしなくなってきましたね。これまで一番緊張したのは、2014年にNBAのサマーリーグに初めて出させてもらったとき。あのときはガチガチになりましたけど、それ以降は緊張した記憶がないですね。
――サッカーの遠藤保仁選手みたいですね。
富樫 本当ですか!? これまで髪型が似ていたから、「バスケ界の槙野智章」と言われたことはありますけど、「バスケ界のヤット」は嬉しいなぁ。僕も遠藤選手みたいに、ハーフタイムにシャワーを浴びるようにしようかな(笑)。
カタール大会も生で見る!
――現在の日本代表は、ヨーロッパでプレーする選手が増えて、精神的にもタフになっていると思います。
富樫 海外のチームから戦力として考えられて、オファーが届くのはすごいことですよね。バスケの場合はスペインのリーグもレベルが高いですけど、やっぱり金銭面でも、環境面でも、プレーレベルもNBAが圧倒的。サッカーはヨーロッパ各国のリーグ戦に毎週末、当たり前のように7~8万人のお客さんが入っている。いろんな国にNBAがあるようなものです。そんな環境でたくさんの日本人選手がプレーしていること自体、日本サッカーのレベルが上がっている証拠だと思います。
カタール・ワールドカップでは、ぜひその力を結集して、日本を盛り上げてほしい。決勝トーナメントに進むと、日本時間では深夜のキックオフが続くようですけど、6時間の時差なら大丈夫。僕も生中継を見ながら応援しています!
(構成=松本宣昭)
富樫勇樹(バスケットボール)(とがし・ゆうき)
1993年7月30日、新潟県生まれ。中学卒業後、アメリカへバスケットボール留学し、高校卒業後、秋田ノーザンハピネッツに入団。その後2014−2015年のテキサス・レジェンズを経て、2015−2016年から千葉ジェッツでプレー。2019年には日本人初の1億円プレーヤーとなり話題になった。日本代表には2011年に初選出され、長らく中心選手として活躍。東京五輪でも司令塔として存在感を示した。