日本代表のドイツ戦逆転勝利など、FIFAワールドカップ・カタール2022で連日繰り広げられる熱戦を、ABEMAは全試合無料&生中継で放映中。一方、W杯期間中に限定開設した「Number渋谷編集室 with ABEMA」では、サッカーファンの“もっと知りたい欲”に応える記事の数々をNumberWebを通じて好評配信中です。渋谷編集室のスペシャル編集メンバーでフォトグラファーの近藤篤さんが、11月27日に行われる激アツ必至の好カード、アルゼンチン対メキシコ戦の魅力について語り尽くします。

 サッカー漬けの日々が始まった。

 ふだんさほどサッカーに慣れていない(=にわかな)人々にとっては、ワールドカップ期間は睡眠不足とアドレナリン過剰放出の日々が続くが、慣れている(=ジャンキーな)人々にとっては、セロトニンとアドレナリンが脳内を駆け巡る至福の日々だ。

 石川県のどこかの町に、「フグの子の糠漬け」というのがあって、これは漬けてすぐに食べると即死だけれど、3年経つと絶品の味になる。サッカー漬けも、まあそれに似ている。

 以前のフォトエッセイでも少し書いたが、僕が生まれて初めてサッカー漬けの時間を過ごしたのは、1986年にメキシコW杯を生で観戦したときだった。

 メキシコシティ、グアダラハラ、プエブラ、モンテレイ。およそ30日間どの町に行っても、人々はひたすらサッカーのことを語っていた。丸い球が白い枠の中に入ったか入らなかったか、足がひっかかったかひっかからなかったか。そんなどうでもいいことについて絶叫し、興奮し、飲み、歌っていた。今風に言うと、サッカーという名のパンデミック状態だった。

メキシコ、伝説のアステカ・スタジアムで撮った奇抜な衣装のサポーター ©Atsushi Kondo
メキシコ、伝説のアステカ・スタジアムで撮った奇抜な衣装のサポーター ©Atsushi Kondo

 W杯が終わると、僕はバックパックに最低限の荷物を詰めてグアテマラとかホンジュラスとかにあるマヤ文明の遺跡を2カ月ほど見物してまわった。古びたピラミッドの頂上で一夜を過ごしたり、夜のジャングルでハンモックを吊って寝ていたら、脚中蟻だらけになって死にそうになった。

365日24時間サッカー漬けのアルゼンチン

 バックパッカーとマヤ文明は2カ月で飽きてしまい、ある日の午後、僕はマイアミ経由でアルゼンチンのブエノスアイレスに飛んだ。きっかけはグアテマラシティの安ペンションの中庭で読んだ新聞だった。スポーツ欄の片隅に、その年のリベルタドーレス杯(南米大陸のチャンピオンクラブを決める大会)の決勝の結果が小さく載っていた。

「今年の南米王者はリバープレート!」

 なぜかはわからないのだけれど、その記事を読んだ瞬間、数カ月前にW杯で優勝したアルゼンチンという国、何万キロも離れた自分とは何の縁もゆかりもない国が、にわかに現実味を帯びたものとなった。「リバープレートを見に行く」。それがその日からの人生の目的となった。

 メキシコが僕にとって1度目のサッカー漬けになった土地だとすれば、2度目のそれはアルゼンチンだった。ブエノスアイレスに着いてまず長期逗留の安宿を見つけ、次に最低限の身の回りの品を近所のスーパーで揃えると、その翌週から僕は毎週末、どこかのスタジアムに足を運び始めた。

 サッカー漬けというのは4年に1度のワールドカップごとに起こる特殊な現象だと思っていたが、地球の反対側には1年中、というか人生ずっと朝から晩まで、サッカー漬けの日々を過ごしている人々がいた。毎週末、彼らは歌い、叫び、野次り、罵り、讃え、怒鳴り、笑い、怒っていた。そして月曜日が来るとそれぞれが己の日常に戻り、次の試合のことを考えながら仕事に励んだり、仕事を怠けたりしていた。

アルゼンチンのインディペンティエンテの本拠地で舞う圧巻の紙吹雪。1988年ごろ撮影 ©Atsushi Kondo
アルゼンチンのインディペンティエンテの本拠地で舞う圧巻の紙吹雪。1988年ごろ撮影 ©Atsushi Kondo

 スタジアムという場所も、それまでに僕が知っている(と思っていた)それとは、まったく違っていた。

 たとえばある週末、僕はブエノスアイレスの郊外にあるインデペンディエンテという名門クラブのスタジアムにいる。ゴールラインからおよそ2メートル後方にカメラマンのフォトポジションがあり、そのすぐ後ろの金網の向こうには120%興奮状態のサポーターがいる。

いつも熱狂のスタジアム

 前半開始直前、なぜかカメラマンになっていた僕はインデペンディエンテの攻撃を撮るべく、対戦相手(かの有名なボカ・ジュニアーズ)のサポが陣取るゴール裏側にいた。すると後ろからバシャバシャとビールとかコカ・コーラをかけられて「おい、お前、あっちに行け!」と怒鳴られる。「なんでお前はボカの攻撃を撮らねえんだよ!」

 で、ビールでネチョネチョになって逆サイドへ退散すると、今度はインデペンディエンテのサポから同じセリフで責められる。「なんでボカの攻撃撮ってんだよ!」(じゃあどこにも行き場がないじゃん!とあなたは思うかもしれないが、試合が始まると、彼らのターゲットは目の前のカメラマンからピッチ内にいる敵の選手に移るので、もう大丈夫だ)。

ベレス・サルスフィエルドのサポーター。情熱が金網を登る。アルゼンチンで1988年ごろ撮影 ©Atsuhi Kondo
ベレス・サルスフィエルドのサポーター。情熱が金網を登る。アルゼンチンで1988年ごろ撮影 ©Atsuhi Kondo

 ちなみに僕はこの試合で頭にごつんと強烈な一発を食らい、何が飛んできたのかと下を見たら、足元になんと投げ釣りで使う鉛の錘が落ちているのを見つけてなんだかものすごく嬉しくなった。オレ、ほんとにサッカーの本場に来てるんだなあ!と。

 最初に書いたが、フグの子は糠に漬けてすぐに食べたら即死だけれど、3年経てば珍味になる。僕は都合8年ほどブエノスアイレス(と南米)に滞在したので、フグの子の糠漬け、ではなくサッカー漬けの中でも最高ランクのサッカー漬けを堪能することになった。

 で、ものすごく前置きが長くなったんだけれど、その僕にとってサッカーというものを文字通り肌身で感じさせてもらった二つの思い出深い国が、日曜日(11月27日)、Cグループの第2戦で激突する。

 アルゼンチン対メキシコ。一方は優勝を狙い、一方は7大会連続ベスト16止まりの壁を突き抜けようともがいている。

 まずメキシコ。今回北中米予選では、カナダに次いで2位で通過した。監督はヘラルド・マルティーノ。彼は僕がアルゼンチンに辿り着いた頃、まだロサリオ市にあるニューウェルスという1部のクラブでプレーしていた。小柄で、重心が低く、スピードはないがサッカーセンスに満ち溢れたセントラルミッドフィールダーだった(ちなみにメッシが13歳までプレーしていたのも、このニューウェルスである)。

 愛称はスペイン語でパパを意味する“タタ”。そのマルティーノが率いるメキシコ代表だが、メンバーを見る限り今大会も悲願のベスト8進出はちょっと厳しそうだ。グループステージの初戦、ポーランドとは0−0と引き分けたが、かつてのような上り調子の雰囲気はない。

 チームの精神的支柱は37歳のGKギジェルモ・オチョア。今現在は国内の名門クラブ・アメリカでプレーしているこのベテランは、相変わらず軽やかなシュートブロックを見せ、代表でも不動のレギュラーである(初戦、レバンドフスキーのPKストップは見事の一言だった)。そしてもう一人の中心選手は、これまた今回が5度目のW杯となるミッドフィールダー、アンドレス・グアルダード。

11月22日のポーランド戦で0−0の引き分けに貢献したオチョア。メッシと並び史上最多の5大会連続出場を果たした ©Getty Images
11月22日のポーランド戦で0−0の引き分けに貢献したオチョア。メッシと並び史上最多の5大会連続出場を果たした ©Getty Images

 この二人のベテランを軸に、エドソン・アルバレス、イルビング・ロサーノといったスピードもありスキルもある一流選手を多数揃えるエル・トリではあるが、では今回のチームは「前回大会や前々回とことさらに何か違うのか?」と問われると、答えに窮するところだろう。

メキシコをメキシコたらしめるもの

 毎回指摘されることではあるが、メキシコの弱点の一つは、とにかく国内リーグ所属の選手が多いこと。メキシコリーグはテレビとスポンサーからもたらされる潤沢な資金で金銭面での条件も良く、才能はあるけれどあえて海外にはチャレンジしないという選手が多い。したがって、ここ一番という勝負どころの経験値が絶対的に足りない、と指摘される。

 と同時に、これは僕のメキシコ人に対する一般的な印象に過ぎないのだが、彼らはいい意味でどこかのんびり屋だ。本田圭佑がパチューカに所属していた頃も含めて何度かメキシコリーグには足を運んだけれど、メキシコ人のプレーはどこかルチャ・リブレ(メキシコプロレス)的な雰囲気があって、一気にペナルティエリアの中に侵入しても、そこでひとつトリッキーなプレーを入れてお客さんを盛り上げるというか、楽しませるというか、そういうシーンをよく目にした。天丼ギャグならぬ天丼フェイントである。

 すべての無駄を削ぎ落とし、ただ勝利のためにがつがつとやるべきことをやる、そんなスタイルを選択すればメキシコの持つ実力からすればベスト8進出なんてさほど難しいことではないのだろうが、たぶん自分を変えてまでベスト8に行きたいとは、メキシコ人自身が願ってはいないような気がする。尋ねたことがないからわからないけど。

アルゼンチン、まさかの黒星スタート

 そして、もう一方のアルゼンチン。こちらはまさかのまさか、サウジアラビア相手に1−2の黒星スタート! 前半途中までは「これいったい何点差のゲームになるの?」という楽勝ムードだったが、AIにオフサイドの判定を下されるたび、どんどんリズムを崩していった。

11月22日、サウジアラビア戦のメッシ。試合開始早々、PKで先制したまでは良かったが… ©Getty Images
11月22日、サウジアラビア戦のメッシ。試合開始早々、PKで先制したまでは良かったが… ©Getty Images

 絶対エースのリオネル・メッシは「優勝候補は?」と聞かれたインタビューで「ブラジルとフランス」と答えて、アルゼンチンを候補から外したが、もちろんそれは本心ではないだろう。彼自身今回が5度目のW杯、もうたぶん次はないだろうし、優勝を狙えるとしたら今回しかない。

 FCバルセロナ時代、選手として手にすることができるタイトルはとり尽くしてきたメッシだが、代表ではタイトルとは縁遠かった。母国の人々は彼に期待し、彼もその期待に応えようと懸命にがんばったが、いつもあと一歩のところで栄光は足首の横をすり抜けていった。そして彼に期待していた人々は、倍増した苛立ちと怒りでメッシは役に立たない、と罵った。14歳でアルゼンチンからスペインへと旅立った天才を、あいつは母国に愛着がないんだよ、と決めつける声もあちこちから聞こえてきた。

 しかし今、潮目は大きく変わったように見える。ターニングポイントは昨年ブラジルで行われたコパ・アメリカでの優勝だった。この大会で、これまで全く縁がなかったタイトルをリオネル・メッシとアルゼンチン代表はついに手に入れたのだ。

 有名な動画がある。決勝戦、ブラジルとの試合前のロッカールーム、円陣を組んだアルゼンチン代表の面々に、リオネル・メッシが熱く語る。

「ありがとう、みんな! 45日間も文句も言わずがんばってきたのはそこに目標があったからだよな。そして俺たちはその目標まであともう一歩のところにいるんだ! だから、そのカップを掲げるためにピッチに出ていこう、そしてそのカップをアルゼンチンに持ち帰って、家族と、友達と、代表チームを応援してきてくれた人たちみんなと喜ぼうじゃないか。

 最後にもうひとつ、これで話は終わりにする。みんな、偶然なんてないんだよ。このコパ・アメリカは、ほんとはアルゼンチンで開催されるはずだったんだ。でも神様はここ(ブラジル)に持ってきてくれたんだ。なんでかわかるかい? それは、俺たちがここマラカナンで勝って、全てが最高に美しく終わるためになんだよ! だから、みんな、自信を持って、落ち着いて、さあ行こうぜ!」

 こんな言葉を聞かされて、メッシのことを好きにならないアルゼンチン人はいないし、メッシにW杯をとらせたくない、と思う人は、アルゼンチン人以外でもそういないだろう。

全アルゼンチン人の願い

 初戦で大金星を献上したとは言え、南米予選も含めてここまで36戦無敗だったチームは充実している。GKはアルゼンチン代表の弱点の一つと言われてきたが、今大会でゴールマウスを守るエミリアーノ・マルティネスは抜群の安定感を見せてきた。ディフェンスラインは鉄壁とは言えないまでもヨーロッパで経験を積んだ選手を中心にこれといった穴は見つからず、中盤の底、ボランチのポジションは伝統的に強いし、そして前線にはトロ(雄牛)と呼ばれる典型的なゴールゲッター、ラウタロ・マルティネスを中心に面子が揃っている。

2021年にはコパ・アメリカを制し、国民の期待度も高いアルゼンチン代表。メッシに依存し過ぎずW杯を戦い抜けるか ©Getty Images
2021年にはコパ・アメリカを制し、国民の期待度も高いアルゼンチン代表。メッシに依存し過ぎずW杯を戦い抜けるか ©Getty Images

 そして、たぶんこれが今大会のアルゼンチン最大の武器だと思うが、今のチームには、なんとしてもこの「天才」にW杯のタイトルをとらせてあげたいという強烈な渇望を強く感じることだ(アルゼンチン人の友人に言わせると、その願いはチームだけではなく、すべてのアルゼンチン人の願いでもあるらしい。彼もサッカー漬けの人間だから、話半分で聞かなければならないけれど)。

 世界のすべては、メッシのために動き始めている。サウジアラビア戦が始まるまで、そう強く感じていたのは僕だけではないだろう。メキシコとの試合をきっかけに、これがメッシ最後の奇跡のストーリーになるのか、それとも開幕2戦目にして早くも幕は降りてしまうのか。

 アルゼンチン対メキシコ戦、サッカージャンキーにとってはさまざまな思いが交錯する、たまらないカードだ。