FIFAワールドカップカタール2022・グループBの最終節では、グループの突破を懸けて、イングランドとウェールズの“同国対決”が行われる。現地では「バトル・オブ・ブリテン」とも呼ばれる重要な一戦を前に、両国の関係性をおさらいしておこう。 

[写真]=Getty Images
 

■なぜサッカー協会が分かれているのか?

W杯・GS最終節で宿命の対決…「バトル・オブ・ブリテン」を制するのはイングランドか、ウェールズか

 イングランドとウェールズは、スコットランドと北アイルランドとともにイギリスを形成する一部であり、正式名称の「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」が示す通り、4つは別々の国(カントリー)だ。しかし、それにしてもなぜイギリスだけが、複数の協会での参加を認められているのだろうか?
 
 その理由は近代サッカーの成り立ちにある。1863年、ロンドンで世界で最初のサッカー協会「ザ・フットボール・アソシエーション(The FA)」が設立された。それを追うように、1873年にスコットランドサッカー協会(SFA)、1876年にウェールズサッカー協会(FAW)、1880年にアイルランドサッカー協会(IFA)が設立された。また、1886年には上記の4協会によって、ルールなどを制定する国際サッカー評議会(IFAB)が設立されている。 
 
 その後、サッカーは世界中に広がっていき、IFABの設立から20年近くが経った1904年に国際サッカー連盟(FIFA)が誕生。FIFAは1国につき1協会を原則としていたが、そのルールが決まる前から4協会が存在していたことや、国際的な統括組織として認められるためには「近代サッカーの母国」であり、強豪だったこれらの加盟が欠かせないことから、4協会を個別に承認したというのが事の経緯だ。 
 

■両国の歴史

W杯・GS最終節で宿命の対決…「バトル・オブ・ブリテン」を制するのはイングランドか、ウェールズか

 そうした両者のライバル関係を理解するために、両国の簡単な歴史をおさらいしたい。まず、ケルト人がグレートブリテン島に流入してきたのは紀元前9世紀から5世紀頃だと見られている。紀元前55年からはローマのユリウス・カエサルが2度侵攻し、43年にはクラウディウスがグレートブリテン島の大部分を制服した。ローマ人はケルト人のことをブリトン人と呼んだ。その後、5世紀になるとローマが撤退し、ゲルマン人が渡来してきたため、先住のケルト系ブリトン人はウェールズやスコットランドに押し出される形となった。そのケルト系ブリトン人が現在のウェールズの文化や言語のルーツを作った。
 
 ゲルマン人のアングロ・サクソン諸部族はグレートブリテン島の南部から中部にかけてアングロサクソン七王国と呼ばれる小国家郡を作り、その結果、次第にイングランド地方が形成されていった。この王国は9世紀始めに統一されるが、その後、デンマークの支配を経て、1066年にフランスのノルマンディー公ギヨーム2世に征服されたことで、イングランドはフランスの影響を強く受けることとなる。
 
 一方、ウェールズではケルト系の小国家が存続していたが、13世紀にサウェリン・アプ・グリフィズがウェールズのほとんどを支配下に収め、1258年に「プリンス・オブ・ウェールズ(ウェールズ公)」を名乗った。しかし、1270年代後半からイングランドのエドワード1世による激しい侵攻を受け、サウェリン・アプ・グリフィズが敗北。ウェールズはイングランドに併合され、エドワード1世は長男にプリンス・オブ・ウェールズの称号を与えた。これ以降、イングランド王室次期王位継承者が「プリンス・オブ・ウェールズ」となる慣例が続いている。
 
 こうしてウェールズはイングランドの政治的支配下に下ったのだが、ウェールズ人は自分たちの文化や言語に誇りを持っている。それもそのはずで、ウェールズとはアングロ・サクソン語で「異邦人」や「外国人」を指す言葉に由来しているものだ。ウェールズ人はウェールズ語で自らを「Cymru(カムリ)」と呼んでいて、これは「同胞」の意だ。国歌も『国王陛下万歳(神よ国王を守り給え)』ではなく、『我が父祖の土地』が歌われる。
 

■ライバル関係

W杯・GS最終節で宿命の対決…「バトル・オブ・ブリテン」を制するのはイングランドか、ウェールズか

 両者はこれまで103回対戦し、イングランド68勝、ウェールズ14勝、21分けとイングランドが大きく勝ち越している。人口 もイングランドの約5598万人に対して、ウェールズは約314万人と圧倒的で、面積、経済規模、チームの市場価値など、ほとんどの面でイングランドが上回っている。ワールドカップへの出場もイングランドが7大会連続16回目なのに対し、ウェールズはこれが1958年大会以来、16大会ぶり2度目だ。 
 
 そんなウェールズがイングランドに勝っている点があるとすれば、気持ちかもしれない。これまで自国の歴史を常に左右されてきたこともあり、ウェールズ側からのイングランドへのライバル心には特別なものがある。ウェールズ出身で心理学者のサイモン・ウィリアムズ氏はイギリス『BBC』に対して「このような“ダビデ対ゴリアテ”の試合では、社会的アイデンティティと情熱が重要になる」と語った。情熱についてはキャプテンのガレス・ベイルも「個人的にウェールズは世界で最もアツい国だと思うし、それはこれからも変わらない」と自信を持っている。
 
 現時点では1位イングランドが勝ち点4、2位イランが勝ち点3、3位アメリカが勝ち点2、ウェールズは勝ち点1の4位となっている。ウェールズが突破するには、イングランドに勝ち、イランとアメリカが引き分け、もしくはイングランドに4点差で勝つことが条件だ。 
 
 イングランドとの境にあるウェールズの下部リーグに所属するモンマス・タウンを率いるスティーヴ・デイヴィス監督はイギリス紙『ガーディアン』の取材に対し「ワールドカップに出場するのを長い間待っていたんだから、何も期待していないよ」と語る。「カタールに行けただけで、我々はもう勝ったも同然だ。火曜の結果がどうであれ、ワールドカップでプレーすること、ウェールズ代表として、胸にドラゴンを着けてプレーすることが、素晴らしい成果だよ。」 
 
 ワールドカップの舞台で戦うのは初めての両者。「バトル・オブ・ブリテン」を制し、グループ突破に大きく前進するのはどちらのチームだろうか。