カタール・ワールドカップは、ノックアウトステージに入った。ここに至るまでの道のりではさまざまなことが起きたが、統計立てると見えてくるものがある。大陸ごとの戦いぶりという物差しで、サッカージャーナリスト・後藤健生がサッカー界の地殻変動を考察する。

■日本代表に馴染みある中東

 カタール大会でのアジア勢の躍進も、地理的な要因が大きかった。

 カタールはアジア大陸の一角にあり、アジア諸国の選手はカタールなど中東での試合経験が豊富だ。

 2011年にはカタールでアジアカップが開催され、日本がオーストラリアを延長戦の末に破って優勝しているし、2019年のアジアカップはカタールの隣国、アラブ首長国連邦(UAE)で開かれた(日本は決勝でカタールに敗戦)。

 1988年のアジアカップや1993年のワールドカップ最終予選の頃から、カタールはアジア勢にとってはお馴染みの開催地だった。フル代表の戦いだけでなく、アジア諸国の選手は年代別代表の時代から何度も中東地域で戦う経験を積んでいる。

 最近はヨーロッパのクラブチームや代表チームも、シーズンオフに中東地域でキャンプを実施するケースが多いが、この地で公式戦を戦った経験はほとんどないはずだ。

 従って、アジア勢には明らかに「地の利」があった。しかも、日本やオーストラリアのようにヨーロッパのクラブでプレーしている選手が多いチームにとっては、「海外組」の移動の負担が少なかったことも有利に働いたことだろう(カタールとヨーロッパ中央時間との時差はわずかに2時間)。

■欧州勢への対抗策

 一方で、地理的条件だけを考えれば、いっそう有利なはずの中東勢はいずれもグループリーグ敗退に終わっている。開催国カタールと、カタールと地上国境を接している唯一の国サウジアラビア。そして、ペルシャ湾の対岸に位置するイランの3か国である。

 サウジアラビアは初戦でアルゼンチンに逆転勝ち。そして、イランはウェールズに2対0で完勝と、それぞれ結果は出したのだが、残念ながら両チームはともにグループステージ敗退に終わった。

 中東勢の問題の一つは、ほとんどの選手が国内リーグ所属であるという点だ。

 天然資源からの豊富な収入で潤う中東産油国のクラブは、国や王族からのサポートもあって裕福であり、選手たちにとって海外クラブに出ていくモチベーションが少ない。イランには、かつてはドイツのブンデスリーガで活躍する選手が多かったが、最近はほとんどが国内組だ。

 アジアに限らず、他大陸のチームがヨーロッパ勢と対戦する試合を見ると、「ヨーロッパ勢のインテンシティーの高さにどこまで対抗できるか」が勝負を分けることが多い。

 その点、現在ではヨーロッパ各国リーグの上位争いをするクラブでプレーしている選手も多い日本は、ドイツやスペインの選手を相手に気後れせず、森保一監督の言葉を使えば「同一目線で」戦うことができていた。

 所属クラブのレベルはそれほど高くないにしても、オーストラリアも多くの選手がヨーロッパで戦っている。

 韓国は最近はヨーロッパのクラブで活躍する選手が減っているが、たとえばトッテナム・ホットスパーでプレーする孫興民(ソン・フンミン)はプレミアリーグでもトップクラスと認められた選手であり、今大会は負傷明けでフェースガードをしながらのプレーを強いられたが、最終ポルトガル戦での劇的な決勝ゴールの場面では力強いドリブルで相手ゴール近くまでボールを運んで相手のマークを引き付けて、一瞬タメを作ってからパスを出して違いを見せた。そして、孫興民からのパスを受けて決勝点を決めたのも、やはりプレミアリーグのウォルバーハンプトン・ワンダラーズ所属の黄喜燦(ファン・ヒチャン)だった。

■韓国対ウルグアイで見えた「誇り」

 ただ、韓国は規律を守ってしっかりと組織的に戦えるチームだったが、柔軟性には欠け、一本調子になってしまった。そこで、変化を加えられるのがサイドアタッカーの位置にいる孫興民であり(通常は左サイドだが、ポルトガル戦後半は右でプレー)、またワンタッチでパスの角度を変えることのできる李康仁(イ・ガンジン)くらいのもの。全体としてはシンプルで、かつパターン通りのパス回しに終始したため、攻めあぐねる時間が長くなってしまった。

 初戦のウルグアイ戦では左サイドバックの金珍洙(キム・ジンス)のオーバーラップが目立ったが、日本では今では高校生レベルでも普通に行われているインナーラップなどはあまり見られず、戦術的に単調過ぎるきらいは強かった。

 ただ、韓国は伝統的に激しいプレーが得意なので、ポルトガルに対しても、ウルグアイに対しても球際での競り合いでは一歩も引かず、相手に思ったような攻撃をさせなかった。とくに、ウルグアイとの初戦ではともに決定機はあまり作れないままに終わったが、90分間激しい球際の攻防が続くタフな試合だった。

 韓国は「精神力」や「自尊心」を大切にする文化を持ち、一方のウルグアイも、ラプラタ地域のフットボールのテクニカルな側面と同時に「チャルーア精神」(原住民である屈強なチャルーア族の精神)を大切にする。そんな両国の誇りを懸けた戦いだった。

 ポルトガル戦も前半はポルトガルがコントロールする展開だったが、韓国の飽くなき戦闘意欲の前に、ポルトガルが次第に受け身になり、すでにグループステージ突破を決めていたこともあって、「引き分けでよし」と思うようになり、それが韓国の劇的な逆転劇につながった。