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 準々決勝で今大会屈指の好カードが実現した。中世の武器でたとえるなら「究極の矛」対「究極の弓」。12月10日、日本時間で28時キックオフのイングランド対フランスでは、異なるタイプの攻撃の応酬が見られそうだ。

 前大会王者・フランスの「究極の矛」は、言うまでもなくキリアン・エムバペである。

 フランスリーグで時速44.7kmを記録したという伝説を持ち、爆発的なスプリント力で対峙する守備者を置き去りにできる。

現代のサッカー理論を凌駕するエムバペの爆発力

 たとえば決勝トーナメント1回戦の前半11分、左サイドのライン際で後方からパスが来ると、エムバペはトラップせずに一気に急加速。ポーランドの右MFのヤクブ・カミンスキと右SBのマティ・キャッシュを抜き去り、左足でクロスをあげた。ファーサイドでボールを受けたウスマン・デンベレのシュートはDFにブロックされたが、「究極の矛」が守備ブロックを切り裂いた瞬間だった。

 ポーランドは4−5−1のブロックを築き、セオリー通りにコンパクトに守っているはずだった。その守備力によってC組を2位で通過したのだ。だが、エムバペには現代サッカーの守備理論は通用しない。

 中央のパスコースを閉じるコンパクトな守備陣形の根底にあるのは、「サイドで相手にボールを持たれても危険性は少ない」という考えである。しかしながらすでに書いたようにエムバペの場合、サイドで前向きにボールを持ったらロケットスタートによって高確率でピッチラスト3分の1のエリアに到達できる。

 すでに今大会で5ゴールを決めて得点ランキングのトップに立ち、19歳で出場した前大会の4ゴールを上回った。

 エムバペが厄介なのは、そういった「足の速さ」による攻撃だけでなく、正確なボールコントロールによってスペースが限られた密集地帯でも仕事をできることだ。

 日本的な表現をすれば「止める・蹴る」が極めて精密で、ボールを止めてから蹴るまでの動きに無駄がなく、プレースピードが極めて速い。ポーランド戦の後半46分、マルクス・テュラムからのマイナスのパスをペナルティエリア内やや左で受けると、素早く右足を振り抜いてファーポスト側にシュート。名手GKボイチェフ・シュチェスニーの右手を吹き飛ばしてだめ押し点を決めた。

 跳躍力にも優れており、クロスに合わせるのも得意だ。オーストラリア戦ではヘディングで、デンマーク戦では宙に飛んで右足に当ててゴールを決めた。攻撃者としてすべての能力を兼ね備えており、まさに「超人」である。

 ここまでエムバペに焦点を当ててきたが、当然ながらフランスには他にも突出した選手がたくさんいる。アントワン・グリーズマンはアイデア溢れるパスで攻撃にリズムをつくることができ、オリビエ・ジルーは前線でしっかりとターゲットになれる。今季レアル・マドリーへ飛躍したオーレリアン・チュアメニも中盤の底で存在感を放っている。フランスは今大会の出場国の中で最も隙がないチームと言えるだろう。

36歳にして今大会3得点を挙げ、絶好調のジルー。ポーランド戦の先制ゴールは、フランス代表の歴代最多得点記録を更新する自身代表通算52ゴール目だった ©Getty Images
36歳にして今大会3得点を挙げ、絶好調のジルー。ポーランド戦の先制ゴールは、フランス代表の歴代最多得点記録を更新する自身代表通算52ゴール目だった ©Getty Images

3人が選手が弓のごとく攻めるイングランド

 しかし、イングランドの攻撃力も負けてはいない。

 その中心を担うのがセンターFWのハリー・ケイン、セントラルMFのジュード・ベリンガムとジョーダン・ヘンダーソンの3人だ。

 ケインは188cmと身長こそ大型だが、プレースタイルは「偽9番」である。センターFWの位置から左右や後方に自由に動き、縦パスを引き出してそこからパスを展開する。

 故ヨハン・クライフが好んだタイプの動きで、かつてクライフ自身がオランダ代表でそれを体現していた。現代サッカーでは守備戦術の進化によって中央のスペースが消され、ゲームメーカータイプが生きづらくなっている。だが、そんな時代において、ケインはクラブでも代表でも輝きを放ち続けている。前回大会の得点王にはやや似合わないかもしれないが、「現代版ファンタジスタ」と言えるかもしれない。

 今大会、そのケインの動きによって引き出されているのが、ベリンガムとヘンダーソンの前方への飛び出しだ。

 イングランドは初戦のイラン戦ではメイソン・マウントをトップ下に置く4−2−3−1を採用し、ダブルボランチにはベリンガムとデクラン・ライスのコンビを起用した。それによってイランを圧倒し、6対2の完勝を収めた。

 ところが、アメリカ戦に同じスタメンで臨んだところ、0対0の引き分けに終わってしまう。サウスゲート監督はテコ入れが必要と感じたのだろう。B組第3戦のウェールズ戦では、ライスをアンカーに置く4−3−3を採用する。そこでインサイドハーフに選ばれたのがベリンガムとヘンダーソンだった。

 イングランドはウェールズに3対0で快勝すると、決勝トーナメント1回戦のセネガル戦も同じく4−3−3で臨み、中盤にはライス、ベリンガム、ヘンダーソンを継続起用する。

 すると前半38分、ケインが左サイドに流れてパスを受けて反転し、裏へ飛び出したベリンガムに絶妙のスルーパス。ベリンガムが左足でゴール前へ折り返すと、走り込んだヘンダーソンが左足で先制点を決めた。

 ケインが「弦」を引っ張るかのように左右や後方に下がり、そのエネルギーを利用してベリンガムとヘンダーソンが「矢」のように飛び出す。3人が連動して走り、プレーする様はまさに「究極の弓」だ。

 アメリカのオンラインメディア『The Athletic』は「ベリンガム、ヘンダーソン、ライスの中盤3人が突然機能し始めた」と絶賛。イングランドは4−3−3によって勢いに乗ることに成功した。

決勝トーナメント1回戦セネガル戦で、今大会初ゴールを決めたケイン。献身的な働きでチームを牽引している ©Getty Images
決勝トーナメント1回戦セネガル戦で、今大会初ゴールを決めたケイン。献身的な働きでチームを牽引している ©Getty Images

イングランドは「超人」をどう抑えるか

 だが、相手はエムバペを擁するフランスである。「超人」に対して何かしらの対策が必要だろう。

『The Athletic』によれば、サウスゲイト監督は右サイドのDFを増やす案を検討しているという。

 セネガル戦の4バックはカイル・ウォーカー、ジョン・ストーンズ、ハリー・マグワイア、ルーク・ショーというセットだったが、そこに右サイドバックのキーラン・トリッピアーを加えて5バックにするのだ。同メディアはベリンガム、ヘンダーソン、ライスの中盤トリオは継続起用されると見ており、5−3−2の布陣になりそうだ。

 エムバペに対して、トリッピアーとウォーカーという「ダブルチーム」がどれだけ守れるか。そしてFWの枚数・構成が変わったときに、ケインを中心とする「弓」が変わらず機能するのか。それが勝負の行方を左右するだろう。

 ブックメーカー「bet365」はフランス勝利54.3%、イングランド勝利45.7%と予想している。

「究極の矛」vs「究極の弓」。W杯の歴史に残る名勝負が見られるに違いない。