サッカーの奥深き世界を堪能するうえで、「戦術」は重要なカギとなりえる。確かな分析眼を持つプロアナリスト・杉崎健氏の戦術記。今回は優勝候補同士の一戦、イングランド対フランスを深く掘り下げる。
――◆――◆――
日本代表のグループステージでの激闘とクロアチアとの死闘で盛り上がりを見せたW杯も、いよいよ準々決勝を迎える。今回はその中から、優勝候補同士の対決となったイングランド対フランスのプレビューを、戦術面をメインにお届けする。
まずメンバーは、両チームともに決勝トーナメント初戦のままとしている。イングランドのストーンズは少し怪我の具合が不透明だが、それ以外は、日程的にも空いたため、コンディションに不安を持つ選手はいないだろうとの予測だ。
また、スターリングが家庭の事情でチームを離れていたが、前日に合流予定とのこと。スタートからの起用はないかもしれないが、代わりに先発で出ているフォデンで問題ないのはセネガル戦でも証明して見せた。相手のサイドバックがクンデであるとの予想なら、縦に仕掛けられる選手が良いかもしれない。グリーリッシュよりフォデンの方が合っているか。
また、中盤の形は3センターを再び採用するかどうか。グループステージのウェールズ戦から先発起用したヘンダーソンが機能しており、相手とのかみ合わせを考慮しても、おそらく同様の形をとるだろう。
一方のフランスは、もともと怪我人が多く、メンバーを組むのに苦労してきたが、テオ・エルナンデスやチュアメニなど、代役の選手たちもヨーロッパのトップクラブで活躍しており、見劣りしていない。大幅なメンバー変更はないだろう。
注目は、中盤の攻防か。システム的に言えば3対3の構図になり、攻守にわたってマッチアップしやすい。ただ、各局面を見ていくと、それがズレてくるシーンが起こり得る。まずはイングランドの自陣攻撃とフランスの敵陣守備から紐解いていく。
イングランドのビルドアップの特徴として、右サイドバックにウォーカーを起用すると、少し下がり気味に構えて左サイドバックのショーを高い位置に上げようとする。
セネガル戦の18分のシーンは典型だが、ウォーカーは斜めのロングボールで左サイドの奥を狙った。この時、インサイドハーフのヘンダーソンも下がってくるケースが多い。あえて下がって、FWのケインにも下りてもらうための選択だろう。相手のインサイドハーフをヘンダーソンが引き連れ、空けたスペースでケインがポスト役になるシーンが再び見られそうだ。
ボールが左から回る場合は、ショーの位置によってインサイドハーフのベリンガムが工夫する。ショーが高いポジションを取れるなら下がってサポートし、ショーが低く構えるなら前に出て相手のボランチの横で受けようとする場合が多い。
対してフランスは、かみ合わせ的に相手の3センターハーフを見れる状態にある。だからこそ、ついていくのか、ゾーンで守るのかを明確にする必要がある。
グリーズマンはポーランド戦でも、途中から相手のアンカーのクリホビアクを見るようにしたように、この試合でもライスを見続けるだろう。となれば、チュアメニとラビオの振る舞いにも注目だ。上下動を繰り返すベリンガムとヘンダーソンに対してどこまでついていくのか。自分のエリアを空けてでもマークするのか。この駆け引きによって、ボールを持つイングランドが自陣から前進できるかどうか変わってきそうである。
次にイングランドの敵陣攻撃とフランスの自陣守備について。イングランドのアタッキングサードでの振る舞いは、サイドの奥とポケットの取り方に左右される。
特にウイングのフォデンとサカは、足もとと裏抜け、両方優れており、個で打開できる力もあるが、インサイドハーフやサイドバックとの連係で抜け出せるのが強み。相手のウィークとしてサイドバック裏を考えるのであれば、ベリンガムやヘンダーソンがいかに相手のウイングの後ろ、かつボランチに捕まらない位置取りで受けて配球できるかが重要だ。
単に裏だけでなく、クロスをマイナスに出す「カットバック」も狙いたいはず。ポケットを取った時のケインの動き出しによって、相手のセンターバックのみならずボランチも下がってくれれば、そのエリアが空く。フランスがポーランド戦の37分に見せたウィークポイントだ。当然、フランスはその修正を考えているだろうが、イングランドとしては「再現」させたい。
対するフランスは、デンベレとエムバペの戻り方によって左右する。デンベレはポーランド戦でも戻って瞬間的に5バックを作るくらい守備意識があったが、エムバペはそこまでではない。ただ、イングランドが左肩上がりに来てくれれば相性は悪くない。エムバペがウォーカーを上がらせないピン留めができれば、デンベレの戻りとチュアメニの奪取力で右サイドを整備できるだろう。
上記のポーランド戦で露呈してしまったクンデの個人対応のあまさは課題だろうが、分かりやすい課題解決として人を変えるのか、チュアメニとヴァランヌの守備範囲を考慮するのか。クンデと周りの選手との距離感には注目してみても面白い。
次はフランスの自陣攻撃とイングランドの敵陣守備だ。フランスの両サイドバックはサイドに開く傾向にある。ラウンド16でポーランドには、立ち上がりこそハイプレスされたものの、それ以降は下がってくれたため問題は多く発生しなかった。しかし、繋ぎに危うさはあった。
それを解決するのがチュアメニの展開力だが、仮に図のようにケインに監視され出せなくなった時にどうするか。いち早く3トップに当てることが多くなるかもしれない。
形としては、左のラビオがチュアメニより高い位置を取り、トップ下のグリーズマンが右に下りる場合が多い。ただ、これは相手の両インサイドハーフに見られやすくなるため、場合によっては「そのままの立ち位置」でビルドアップを試みる可能性もある。特に奪取力の高いライスに捕まらないよう、工夫するであろうグリーズマンの動き方には注目だ。
対するイングランドは、全部ではないものの、ウイングが外切りする。サカが相手のセンターバックにプレスを仕掛けるなら、図のように相手のサイドバックへのコースを切りながら中に仕向けさせる。これを完遂するのかどうか。仮にサイドバックに出されても、ヘンダーソンが対応したセネガル戦の41分のように、スライドで奪ったシーンもあった。
いずれにしても、フランスのビルドアップを引っ掛けてショートカウンターを狙うのは間違いないだろう。相手のウイングに入れさせない策としてフォデンとサカの振る舞いにも注視したい。
最後にフランスの敵陣攻撃とイングランドの自陣守備。フランス最大の武器は言わずもがな、両ウイングの突破力と決定力だ。彼らを生かすことは変わらない。
時にエムバペもデンベレもハーフスペースに入っていくが、基本的にはワイドから縦に仕掛けたい。1対1の状況を作り出すため、両サイドバックの上がりをどこまで促すか。あるいは、図のようにパスセンスに優れる中盤の選手を使って「逆の大外」を狙えるかが鍵になる。
特に相手の左サイドバックはセネガル戦の49分のように絞る傾向にあり、フォデンが戻り切れずに裏を使われたこともあった。クンデの上がるタイミングと、デンベレの中に入るタイミングが合えばチャンスを作れるだろう。
当然ながら、互いにカウンターにはスピードと精度という特長があり、時間の経過とともにオープンになれば、どちらが得点してもおかしくない展開になるのも容易に想像できる。高強度の攻め合いを含め、スリリングな試合を期待するとともに、純粋に楽しみたい。
【著者プロフィール】
杉崎健(すぎざき・けん)/1983年6月9日、東京都生まれ。Jリーグの各クラブで分析を担当。2017年から2020年までは、横浜F・マリノスで、アンジェ・ポステコグルー監督の右腕として、チームや対戦相手を分析するアナリストを務め、2019年にクラブの15年ぶりとなるJ1リーグ制覇にも大きく貢献。現在は「日本代表のW杯優勝をサポートする」という目標を定め、プロのサッカーアナリストとして活躍している。Twitterやオンラインサロンなどでも活動中。
【W杯PHOTO】まさにスタジアムの華! 現地入りしたワールドクラスたちの妻、恋人、パートナーら“WAGs”を一挙紹介!