日本のスポーツクライミングの第一人者として活躍し、昨年の東京五輪にも出場した楢﨑智亜選手。全身の筋力はもちろん、臨機応変に対応するための柔軟性も求められる競技と向き合っているエースがサッカーで注目しているのはゴール後の選手のパフォーマンスや体の使い方だ。「観客がいるほど燃えるタイプ」というプロクライマーがもしサッカー選手だったらどのポジションだったのか。W杯の思い出のシーンなどとともに聞いた。

――小さい頃は器械体操をされていましたが、サッカーをしていた時期もあったそうですね。

楢﨑 本格的にやっていたというよりも、みんなで一緒に遊ぶことが好きだったので、クラブの練習に出ていたという程度なんですけどね。そもそも僕は団体スポーツの雰囲気や人にあわせてやることがあまり得意ではないタイプ。今でこそ勝ちに行くような性格ですけど、実際に相手とバチバチとぶつかり合ったり戦うことが苦手だったんですよ。

――遠征などで海外にいることも多いですが、今もサッカーをされたり、見たりすることはありますか。

楢﨑 試合自体をガッツリ見るという感じではなく、SNSで流れてくるニュースなどでいろいろ情報を得るという感じですね。でも、練習場にはサッカーボールを置いているので、クライミングの練習前に遊んだりすることはあります。ほかにも野球のボールやバット、バドミントンのラケットとかを揃えているんですよ。クライミングとはまた違う刺激になっていいですね。いろいろな感覚を体験できるのは面白いです。

――今、注目している選手はいますか?

楢﨑 実は所属事務所にはたくさんサッカー選手が在籍しているんですけど、まだ会ったことがないんです。食事会で一瞬だけ、香川(真司)さんに会った程度で、他の選手とはほぼ関わりがない。原口(元気)さんが趣味かトレーニングかは分からないですけど、ドイツでクライミングしている動画をアップしていたことがあって、今度一緒にやろうという話はしてます。(原口選手のクライミングは)フィジカルが強そうでしたね。いつか一緒にクライミングできたら面白そうです。

気になるのはPKとゴール後のパフォーマンス

――サッカーのW杯で思い出に残っているシーンはありますか。

楢﨑 そんなにたくさん見てるわけじゃないのですが、個人的にはPKのシーンが好きなんですよ。自分が個人スポーツをやっていることもあるんですけど、PKのあの瞬間って、一人でプレッシャーや期待を抱え込みながらボールを蹴るわけじゃないですか。選手はチームの期待を背負いながらあの場に立つと思うので、もう見ているだけでドキドキしてしまいます。

――PKといえば、2010年の南アフリカ大会の決勝トーナメント1回戦のパラグアイ戦は今も語られることが多いのですが、楢﨑選手が印象に残っているPKとは。

楢﨑 W杯なら2018年ロシア大会のコロンビアとのグループリーグ第1戦で、香川選手が決めて先制したPKのシーンですね。あと、W杯ではないですけど、埼玉スタジアムで行われた2014年ブラジル大会の最終予選で、オーストラリア戦のアディショナルタイムに本田圭佑選手がど真ん中に決めたPK。あれだけの緊張感のなかでもど真ん中に蹴る攻める気持ちはすごいなと思いましたし、圧倒されましたね。

――PKシーン以外で気になるプレーはありますか。

楢﨑 ちょっと気になっているのは、ゴールを決めた後のパフォーマンスですね。クライミングでは日本は完登したらガッツポーズをするぐらいなんですけど、ヨーロッパの選手は完登した後にどういうふうに会場を盛り上げるかということをいろいろと考えていて、上で体を反ったり、地上に降りてから銃を打つようなパフォーマンスをする選手もいるんです。課題を登る前にも観客を煽るような選手もいて。でも、あれは「このトライでいける(完登できる)」と相当自信がないとできない。そうやって自分にプレッシャーをかけることで力を出しているんでしょうけど、僕も今後はちょっと考えたいと思います(笑)。

PKにパフォーマンス…楢﨑選手は個人競技の選手ならではの独特の視点でサッカーを見ている ©Kiichi Matsumoto
PKにパフォーマンス…楢﨑選手は個人競技の選手ならではの独特の視点でサッカーを見ている ©Kiichi Matsumoto

クライミングのハイシーズンとは

――W杯は通常6~7月開催なのですが、今回のカタール大会は気温の高さを考慮して11月開催となりました。ヨーロッパの国々や大半の選手がヨーロッパでプレーする強豪国にとっては大きなプラスになります。

楢﨑 クライミングも世界選手権が8、9月に行われるのですが、ボルダリングのシーズンが終わり、リードの大会が少しあってから行われるので、実はすごくいいタイミングなんです。逆に、ボルダリング、リードのジャパンカップはオフ明け直ぐの1、2月に開催されていて、選手はエンジンがかかっていない状態。パフォーマンスもハイシーズンに比べるとまだ作り上げられていないですね。カタール大会はシーズン真っ只中で体も切れている状態で臨める選手が多いということだと思うので、より注目したいです。

――個人競技と団体競技の違いはありますが、サッカーをご覧になって気になること、またクライミングに活かせるようなことはあるでしょうか。

楢﨑 クライミングは得意な種目、ムーブ、ホールドなどがあって、それを伸ばしながら弱点を埋めるというよりは平均的にしていきます。サッカーはポジションもいろいろありますが、それに伴ってトレーニングも違うのかなとか、何を基準にしてトレーニングの方向性を決めているのかとか、いろいろ気になります。

 クライミングはとくに監督やコーチがいるわけではなく、自我を通して、自分が思うままにトレーニングしていくんですけど、団体競技の場合はどうやって自分の考えをチームとすり合わせていくのかという点も気になります。

観客が多いと燃えるタイプなだけに、サッカーの大観衆をうらやましく思うという ©Kiichi Matsumoto
観客が多いと燃えるタイプなだけに、サッカーの大観衆をうらやましく思うという ©Kiichi Matsumoto

サッカー選手がクライミングをやったなら

――ちなみに、サッカーで一番自分を活かせそうなポジション、またはやりたいポジションはどこですか。

楢﨑 どちらかというと、ピンチの時に攻めたいというタイプかもしれないです。周りに対してオラオラするタイプではないけれど、やっぱりパスも出したいし点も取りたいですね(笑)。

――クライミングは体や足の使い方、体幹を意識することが大切だと思いますが、クライマーからはサッカー選手の体の使い方ってどう見えているのでしょう。

楢﨑 ブラジル人のような力みがないけれど軽やかに動くスタイルはクライミングでも同じで、個人的には好きですね。クリスティアーノ・ロナウド選手のような鍛え上げられた体幹を軸にして登るタイプも努力家という面で好きです。ついついサッカー選手の体の動かし方をクライミングに置き換えてしまうんですよ。「この選手はクライミングならこういうタイプだな」とか。

――スタジアムで日本代表の試合をご覧になったことはありますか。

楢﨑 野球やラグビーは見に行ったことはありますが、サッカーはまだ一度もスタジアムで観戦したことはありません。球場で野球を観戦したときに感じたのは、観客の盛り上がりのすごさで、テレビで試合を見るのとは全然違いました。サッカーも生観戦したことはないのですが、撮影で一度だけ日産スタジアムに入ったことがあって。もちろん、観客はいなかったですけど、スタンドを見て「これだけの人数が埋まるのか」と圧倒されました。だからサッカーの日本代表戦のゴール裏の盛り上がりはうらやましいです。もちろん、プレーしている方は緊張もするだろうし、プレッシャーも大きいでしょうけど、それも1つの経験になって自分の力になると思うので。

 6万人もの観客が入ることなんてクライミングではないですからね。でも、次のオリンピックが開催されるパリはクライミング好きな人、関心がある人が多くて、大会が行われると毎回1、2万人ぐらいの人が集まるんです。だから、2024年のパリ五輪は楽しみにしています。

チャレンジする気持ちがあればいい

――やはり観客が多い方が燃えるタイプですか。

楢﨑 燃えますね。僕は2016年に初めて世界選手権で優勝したのですが、その時も観客の熱気がすごかった。選手が登場しただけでワーッと沸いて、あれは僕ら選手たちのテンションが上がります。コロナ禍で観客がいないときはちょっと独特な雰囲気でしたし、寂しかったですね。

――昨年、東京五輪を経験されましたが、4年に一度の大舞台を迎える日本代表選手に今エールを送るとしたらどんな言葉をかけますか。

楢﨑 僕の場合は、4年に一度の五輪で優勝候補に挙げられていたこともありましたし、現役中に母国で五輪を迎えるなんて滅多にないことなので、「失敗したくないな」という思いが強くなりすぎてしまったんです。ただ、今振り返ると、そういった感情はいらなかったな、と。あの状況でも、チャレンジする気持ちで臨んでいればよかった。だからこそ次のパリ五輪は挑戦する気持ちを忘れずに向かいたいと思います。日本代表のみなさんも、カタールではチャレンジしながら攻め続けてほしいですね。僕もスマホで試合をチェックしたいと思います!

(構成=石井宏美)

©Kiichi Matsumoto
©Kiichi Matsumoto

楢﨑智亜(スポーツクライミング)(ならさき・ともあ)

1996年6月22日、栃木県生まれ。幼少期に器械体操を経てクライミングに転向、14年に高校3年でワールドカップに初出場し、卒業後プロクライマーに。16年には世界選手権優勝など好成績を残し、世界ランキング1位となる。東京五輪では予選2位でメダルも期待されたが、決勝では惜しくも4位にとどまった。