FIFAワールドカップカタールの開幕まであとわずか。サッカー日本代表がAFCアジアカップ準優勝やカタールW杯予選敗退の危機など、紆余曲折を経てきたのと同じように、選手個人にもこの4年間で様々なドラマがあった。今回は、右サイドの控えからエースへと上り詰めた伊東純也の4年間を振り返る。(取材・文:元川悦子)
●サッカー日本代表のエース像
「ワールドカップ(W杯)のエース像と言えば、日本では本田圭佑さんのイメージがあります。何だかんだで点を取るのはホントにすごい。本田さんのゴールで一番覚えているのは(2010年南アフリカW杯の)デンマーク戦のFK。テレビで見てて『すげえ』って(笑)。
自分が本田さんみたいにメンタル強いかどうかは分かんないですね。ミスしたら『ヤベえ』って落ち込むこともありますから。けど、『ワンチャンス決めてやろう』って、そっちに走りますね」
日本代表の右の切り札・伊東純也は今年9月、筆者のインタビューでこんな話をしていた。
本田と伊東に共通するのは、ミスやアクシデントをネガティブに捉えるのではなく、「次につなげてやろう」と野心を燃やすこと。だからこそ、伊東はタレントひしめく森保ジャパン攻撃陣の中で一気に上り詰めることができた。縦への速さという「絶対的武器」と物事をくよくよ考えない「前向きなマインド」。その2つが彼を押し上げたと言っても過言ではないだろう。
思い返せば、4年前の2018年9月。森保体制初陣のコスタリカ代表戦で、伊東は後半40分から堂安律と交代出場。ロスタイムにダメ押しとなる3点目をゲットした。この試合では堂安、南野拓実、中島翔哉の「新2列目トリオ」が凄まじい躍動感を示し、新時代の幕開けを印象付けたが、伊東は彼らを見守りながら、「右のジョーカー」としての役割に徹していた。
「試合に出たら点に絡みたいと思っていたので、それができてよかったと思います」と本人は淡々とコメント。堂安へのライバル心を前面に押し出すこともなく、自身の役割を冷静に受け止めて仕事をする姿が印象的だった。
●逞しさを増した貴重な「経験」
続く10月のパナマ代表戦でもゴールし、存在感をアピールしたが、森保監督の中ではあくまで「切り札」的な位置づけだったのだろう。2019年のAFCアジアカップを経て、同年9月からスタートした2次予選序盤まで、伊東は堂安と交代して流れを変える役割を託されて続けた。
その流れが変わり始めたのが、先発出場して個の打開力を示し、3アシストを記録した19年10月のモンゴル代表戦だ。この年の2月に柏レイソルからベルギーのヘンクへ移籍した伊東は、19/20シーズンの序盤からアシストランク上位をキープ。UEFAチャンピオンズリーグ(CL)にも初参戦し、鋭さと逞しさが目に見えて増したのだ。
長友佑都が「CLを経験するとまた違う」と言い、本人も「強い相手とやっても自分の通用する部分があるので、多少なりともプラスになっていると思います」と自信をのぞかせていた。同シーズン頭にPSVへ赴き、出番を得られず苦しんだ堂安律とは対照的な軌跡を辿ったのだ。
11月シリーズは堂安がU-22日本代表に参戦したこともあり、キルギス代表戦は伊東が右サイドで先発。日本は敵地で苦しみながら2-0と勝利し、2次予選前半戦を終えた。トップ下・南野との関係性も試合をこなすごとに良くなり、縦への推進力をもたらせる彼の存在価値は確実に上がっていった。
●コロナ禍で変わる伊東純也の評価
迎えた2020年。ご存じの通り、コロナ禍で1年近く活動停止に追い込まれた日本代表は10・11月に欧州で4試合を消化した。そのうち伊東は両シリーズのメインカードと位置付けられたコートジボワール代表、メキシコ代表戦に先発。森保監督の中で右サイドのファーストチョイスになりつつあることが明らかになった。
それだけヘンクでの伊東はコンスタントな活躍を見せており、シント=トロイデンの立石敬之CEOも「ベルギーにおける日本人の価値を最も上げたのは紛れもなく伊東。コロナがなければもっと早い段階で格上のクラブへの移籍話が進んだと思う」と発言するほどだった。
実際、20/21シーズンの伊東は公式戦42試合出場、12得点16アシストという頭抜けた数字を記録。同シーズンにビーレフェルトにレンタル移籍した堂安よりも決定的な仕事をする回数が多かった。2020年1月にザルツブルクからリバプールへ赴いた南野がクラブで出番を得られず、代表でも得点数が伸び悩んだこともあり、伊東の個人能力はチームに不可欠なものとなっていった。
そして2021年9月にスタートした最終予選。伊東は最初のオマーン代表戦から右サイドのファーストチョイスとしてスタメンで出続けた。初戦は敵の徹底マークと超守備的戦術に苦しみ、思うように仕事ができず、日本も0-1の苦杯を喫したが、続く中国代表戦では背番号14の縦への突破が攻撃の生命線となる。大迫勇也の決勝点も彼の仕掛けからのマイナスクロスにより生まれたもの。「右の伊東」は大きなインパクトを残したのだ。
●W杯半年前に訪れた転機
そのキーマンを出場停止で欠いた10月のサウジアラビア代表戦は日本代表の攻撃が停滞。攻めあぐんだ結果、背後を突かれるという最悪の展開で黒星。序盤3戦で2敗と崖っぷちに立たされた。
「次はチームに貢献したい」と責任を感じた伊東は、森保監督が4-3-3への布陣変更に踏み切ったオーストラリア代表戦で再び強烈な推進力を披露。積極的に打開を試みて、後半には浅野拓磨、古橋亨梧との3本の矢で相手を押し込み、浅野が誘発したオウンゴールで日本代表は勝利。窮地から救う原動力となったのだ。
その後の11月のベトナム代表とオマーン代表との2連戦、2022年1~2月の中国代表、サウジアラビア代表との2連戦で伊東は4試合連続ゴールをゲット。前回最終予選の原口元気に並んだ。本人は「自分はチャンスを作るのが仕事。ここまでゴールを奪えるとは思っていなかった。うまくいきすぎ」と謙遜していたが、フィニッシュの部分もヘンクで大いに磨かれたことを色濃く示していた。
結局、伊東は最終予選の日本代表の全12ゴールのうち4ゴール・2アシスト・PK奪取と半分以上に絡む大活躍。「イナズマ純也」の異名も与えられ、名実ともに日本の看板アタッカーへと上り詰めた。7大会出場権獲得を決めた3月のオーストラリア代表戦で2点を叩き出した三笘薫とともに「左右の矢」として相手から警戒される存在になったのである。
そして今夏には欧州5大リーグの1つであるフランスのスタッド・ランスへ移籍。8月に新天地デビューを飾るや否や、本来のワイドではなく2トップの一角で起用され、2試合連続ゴールをゲット。10月以降も得点を重ね、すでに4ゴールを奪っている。森保監督もここでの起用にヒントを得たのか、9月のエクアドル代表戦の終盤には最前線に配置。ケガ人続出の現状もあるだけに、W杯本番でもサプライズがあるかもしれない。
「数少ないチャンスを決められる力をつけないといけない」と本人も繰り返し言い続けているが、20代になるまで日の丸とは無縁だった雑草アタッカーは無心で大舞台に挑んでいくはず。相手がドイツだろうが、スペインだろうが、「ワンチャンス決めてやろう」と無心でゴールへ向かっていける背番号14が日本代表の成否を左右するのは間違いない。
(取材・文:元川悦子)
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