まさにリオネル・メッシの独壇場だった。バイタリティ溢れるメッシ、違和感を抱えるメッシ、セットプレーにおけるメッシ、止められないメッシ。“10番”は、カタールで普遍的なプレイヤーだ。
アルビセレステ(アルゼンチン代表の愛称)のキャプテンの様々なバージョンがメモリアルな試合となったクロアチア戦で披露され、我々はその一つ一つを目の当たりにした。35年前にロサリオで生まれた最も偉大な選手による、その輝かしいキャリアを凝縮したかのようなパフォーマンスだった。
歩きながら、周囲を観察し、確認する知的なメッシがいる。その一方で、パリ、マイアミ、バルセロナと来シーズンの所属先がどこになるにせよ、衰えの兆候が表面化し、キャリアの終わりが近づいていると警鐘を鳴らす声がある。試合中、時折手で脚を押さえては、苛立ちで顔をしかめ、体調が心配された。そんな中でも、リオネル・スカローニ監督は、2点のリードを奪った後も、交代を命じることはなかった。
メッシは持ちこたえた。現役最後の試合云々を論じるどころか、今回のワールドカップが本当に最後になるのか疑わしくなるような目の覚めるプレーを見せ、懐疑論を一蹴した。
今のメッシは、ベテランの知恵と若者の熱量が同居した選手だ。かつてないほど解放され、オーラ全開でリーダー、キャプテンとしてチームを牽引している。カタールでのアルゼンチン代表は、そのエースの自信と威厳が伝播し快進撃を続けているといっても過言ではない。
ターニングポイントとなったのは、昨年のコパ・アメリカ制覇だ。その代表での無冠を返上した大会を境に、従来の天才的なプレーに不屈の闘志が加味された。まるでディエゴ・アルマンド・マラドーナからバトンを受け継いだかのようなその鬼気迫る姿は、今大会のどの試合でも、プレーにおいても態度においても見ることができる。
クロアチア戦でのハイライトはやはり3点目をお膳立てしたプレーだ。大会最高のDFの呼び声高いヨシュコ・グバルディオルに1対1の勝負を挑み、心を揺さぶらせるリズムチェンジを駆使して、一旦相手を立ち止まらせてから突き放して、パスを送り込んだ。
メッシのプレーは芸術的かつ献身的だった。2点ビハインドのクロアチアにはすでに諦めムードが漂っていた。しかも何度か太もも裏を気にする素振りを見せ、ここ数週間、ヒラメ筋を痛めているという憶測も流れていた。もちろんファンは決勝戦を前にして大エースを負傷で失いたくない。しかしその後、メッシはスカローニ監督と抱き合った。
【動画】キレキレのドリブル→巧みなターンで注目DFを翻弄したメッシが見事なアシスト
決定的に異なるのは、精神面の充実だ。メッシがこれほどモチベーションを全開にしてプレーする姿を久しく目にすることはなかった。目ざしているは単なるタイトルではない。これまで唯一届かなかったW杯だ。
しかしメッシに悲壮感はない。むしろこの挑戦を楽しんでいるように見える。自らを慕う若い選手たちに囲まれて、スカローニ監督が作り上げたチームに居心地の良さを感じているのは明らかで、アルゼンチン国民とも一体となって戦っている。
アルゼンチンは前回のロシア大会でもクロアチアと顔を合わせ、その時は0-3で敗れている。今回はスコアの上でもそのリベンジを果たしたわけだ。
悲願のW杯制覇まであと1勝。国民の期待は高まる一方で、その双肩にのしかかる重圧は計り知れないものがあるだろう。しかしメッシはその国を挙げての狂乱騒ぎもモチベーションを高める燃料に変えて、我々に神髄を見せ続けてくれている。
文●ラモン・ベサ(エル・パイス紙バルセロナ番)
翻訳●下村正幸
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