■ボールを受けるまでのしたたかな駆け引き

【FIFA ワールドカップ カタール 2022・グループE】ドイツ1-2日本(日本時間11月23日/ハリファ インターナショナル スタジアム)

 1-1で迎えた83分、日本は自陣右サイドでフリーキックを得た。板倉滉がボールをセットした瞬間、浅野拓磨はストライカーとしての本能とこれまで磨いてきた洞察力を働かせていた。

【映像】浅野の逆転弾にドイツ守備陣が「ポカン顔」の決定的瞬間

 この時、日本に同点に追いつかれたドイツは明らかに慌てていた。全体的に前がかりになっており、日本にフリーキックを与えた時点でDFラインの整備が全くできておらず、特にセンターバック(CB)間の立ち位置が乱れていた。

 浅野は右CBのアントニオ・リュディガーの前にいたが、右斜め後方にボール方向を見ている左CBのニコ・シュロッターベックの姿を捉えた。圧倒的な高さとスピードを誇るリュディガーよりも、ビルドアップを特長とし、裏への対応に懸念を残すシュロッターベックのほうが勝てる確率が高いと瞬時に考えたのだろう。

 だが、動き出すのが早すぎれば、ドイツ守備陣に狙いを読まれてしまう。野生的なプレースタイルから“ジャガー”と呼ばれる男は、じっと身を潜めた。板倉からパスを出てくることを信じて。

 ボールをセットした板倉が前を見た瞬間、目が合った。「ボールが来る」と本能で感じ取った浅野は、得意のスピードで右のスペースへ走り込む。そこに板倉からピンポイントの山なりのフィードが届いた。最初の初動でリュディガーを置き去りにし、ボールが届く頃には完全にシュロッターベックの前に出ていた。あとは落下してくるボールをどう処理するか――。

“ジャガー”浅野拓磨の決勝ゴールは必然だった? “3つの選択肢”から生まれた「サッカー人生そのもの」が詰まった決勝弾

■トラップした瞬間に持っていた3つの選択肢

 このとき、浅野には3つの選択肢があった。

1.ボールをキープしてサポートに来た堂安律につなぐ。

2.縦方向にボールを運んでから中にクロスを入れる。

3.斜め前方にトラップをしてGKとの1対1に持ち込む。

 3つの中で最もゴールの確率が高い、しかし、もっとも難しいのが3つ目だった。浅野はボールの落ち際を柔らかなタッチでとらえると、自慢の快速を飛ばしてゴールに向かっていく。

 浅野が裏に走った瞬間、オフサイドだと思っていたシュロッターベックはわずかについていくのが遅れた。すぐに寄せに来たものの、先手を取った浅野は背中でブロックする。ペナルティーエリア内に侵入したため、もしも強引に止めようとすればPKになってもおかしくない。

 シュロターベックは肩でチャージに来たが、浅野は左手のハンドオフでシュートするためのスペースを確保すると、前に詰めてきたGKマヌエル・ノイアーに対しても迷うことなく右足を豪快に振り抜いた。右足から放たれた弾丸ライナーはノイアーの手の上のわずかな隙間を通過し、ゴールに突き刺さった。

「正直、ニア上を狙ったわけではありません。僕が『狙った』と言えば、狙い通りのゴールになるかもしれませんが、あえて言いません。思い切ってシュートを打った結果です」

■サッカー人生そのものが詰まったゴール

「この4年間で『こうしておけばよかったな』と思う日は1日もないです」

 試合後のミックスゾーンで浅野はこう口にした。前回のロシア大会では最終メンバーから落選。バックアップメンバーとして、ベスト16に勝ち上がった西野ジャパンの躍進をスタンドから見守るしかできなかった。

 4年後にリベンジを果たすために、W杯という舞台に立つために。浅野の挑戦が始まった。

 サンフレッチェ広島時代から「もっと強くなりたい。スピードだけではダメなんです」と言い続けてきた。最大の武器であるスピードや身体のキレを失わないようにしつつ、鍛え上げてきた。強くなった肉体は、190センチを超えるCBを相手にしても当たり負けしなかった。

 鋼のようなフィジカルが、最大の武器であるスピードをより驚異のものとし、これまでの数々の経験で身につけたトラップやパス、そしてシュート力などの技術、冷静に状況を把握し、瞬時に判断を追行する情報収集・処理能力とリンクさせていった。

 ドイツ戦で日本を勝利に導いた決勝ゴール。それは浅野拓磨のサッカー人生そのものが詰まったゴールと言っても過言ではない。

文/安藤隆人
写真/Getty Images